やさしい日本語の考え方が、さまざまなシーンで必要になる
地域連携ステーション フミコム 根本真紀(後編)
前編に引き続き、地域連携ステーション『フミコム』の根本真紀さんに話を聞きました。
後編では文京区における在留外国人対応への課題と、やさしい日本語の必要性について話を伺います。
根本 真紀(ねもと・まき)
地域連携ステーション フミコム 社会福祉士 准認定ファンドレイザー
大学で国際関係学を学び、卒業後は官公庁で渉外業務に従事するも、家族の介護に直面して1年で退職。その後福祉を学び直し、法律扶助協会(現・法テラス)、そして都内の社会福祉協議会で約10年にわたって生活困窮者への相談支援に従事する。
2017年文京区社会福祉協議会に入職し、現在は地域連携ステーション「フミコム」に勤務。NPOや企業等の活動支援や、講座イベントの企画・運営を行う。コロナ禍では生活福祉資金特例貸付業務にも従事するなど、地域課題の解決のために活動中。
地域連携ステーション『フミコム』とは?
「新たな担い手の創出や新たなつながりによる地域課題の解決や地域活性化を目指して各種事業を行っている協働の拠点」という理念のもと、2016年4月にオープン。社会福祉法人 文京区社会福祉協議会が運営しています。
【主な事業内容と活動】
つなげる (マッチング・コーディネート事業)
これまでつながっていなかった人・情報・資源などをつなげることにより、地域活動の活性化を推進しています。
各団体による地域課題解決のための事業や協働によるチャレンジに助成を行う「Bチャレ」や、企業担当者や地域連携に関心がある方などとの情報交換会、各種連絡会を実施しています。
つどう・まなぶ (講座事業)
新たな担い手の創出につながるような各種講座・イベントを定期的に開催しています。フミコム施設内にある「C-base」を会場にした、各種展示会・イベントの運営サポートも行っています。
きく (相談事業)
地域の人・団体の相談窓口。活動団体の想いや悩みをじっくり聞いて、課題を整理し、対応策を一緒に考えます。必要な情報の提供や新しいつながりの紹介など、さまざまなコーディネートも行います。
※詳しくは公式サイトをご覧ください↓
※前編はこちら↓
※聞き手:ダンクのやさしい日本語プロジェクト メンバー 森順一郎・桑島浩
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「伝える」ではなく「伝わる」にこだわりたい
——フミコムではグラレコ(※)の講座や広報力アップ講座などを実施していますよね。
私たちダンクも「伝わる」ということをテーマにしています。なぜこのテーマに力を入れているのですか?
(※)グラフィックレコーディングとは?
講義や対話、会議の中で人々の会話を図式や絵などを使ってリアルタイムで記録し、可視化するコミュニケーション技法です。
自分の意見がまとまらない、会議の内容が整理できない、言いたいことがうまく伝えられない・・・
グラフィックレコーディングは、文字だけでなく可視化されたグラフィックで表現するので、自分の考えを整理することや、関係者内の意思統一・認識合わせがしやすく、ズレが生まれにくくなります。
さまざまな層の人に、何かの活動に踏み込んでもらうためにはどうしたらいいかって考えたとき、やっぱり「知ってもらう」ことがすごく大事だなと思ったんです。
地域の課題などに触れたときに、これ面白そうだなとか、いやー大変そうだなとか、そうしたことが心に届くことで行動に移る人もいると思うので。何かの変化のきっかけはまず「知ること」だなと。
かといって、堅苦しい文字情報で届けたつもりになっても、それって届いたことにはならないですから。相手にきちんと届くような形で情報を伝えないと意味がないと思ったんです。
人間ってどうしても自分の考えやレベルが近い人、同質性のコミュニティに属しがちです。別に悪いことではないですけど、そのコミュニティの外にいる人から自分がどう見られているか、外の人にどうしたら伝わるかってことを意識しなくなってしまうと思います。
むしろ、これからは異質な他者にどう知ってもらうか、どう混ざるかということをやっていかないといけないと思っています。結局同じところでぐるぐると回っても、社会の課題は解決されないという感覚がすごくありますから。
例えば私も福祉の専門家ですけど、福祉の人達って気づかない間についつい専門用語みたいなのを使ってしまいます。でもそれだとやっぱり裾野が広がっていかない感覚がすごくあります。
あと、相談にくる人や団体の話を聞いていると、予算の問題とか広報の問題とかもあるけど、結局は他者とのコミュニケーションに関する問題が多くて。そうなると「伝える」というより「伝わる」にはどうしたらいいかっていうことが大事だなと思います。
——ダンクもやさしい日本語に取り組んでいますけど、やさしい日本語にするだけでは足りないと思っていて。そもそも誰かの目に触れなきゃ意味がないから、デザインは大事だなと思うんです。
本当にその通りですね。
よくフミコムの活動報告でも「こういうイベントをやって30人に参加してもらいました」っていう報告の仕方をしますけど、30人のうち一人もその後の行動に変化が起きないよりは、5人しか参加していないけど、その5人の行動が変わった、という方がよっぽど大事だと思っています。
なので、報告用に参加人数などの数字を入れたレポートは作りますけど、本当にきちんと伝わったか、その後の行動が変わったか、ということを伝えていかないといけないと考えています。
——「伝わる」って行動が変わることとも言えますからね。
あとグラレコに関していうと、これ自体が面白いっていう理由で参加してくれる人も結構いるんです。講座の後に練習においでって言って受講生が描きに来る。「門前の小僧習わぬ経を読む」じゃないですけど、描きながら「こういう問題があるんだ」って知ることができるじゃないですか。学びっぱなしにしないで、どう他のことを知るきっかけにしていけるか、みたいなことにもつなげていけたらと思ってやっています。
——学校のカリキュラムにもグラレコはいいかもしれないですね。
そうですね。フミコムの講座で講師をした先生は、学校とかでも出前授業をしたりしていますね。
普通のサラリーマンの方なんですけどね。
特例貸付を利用する人の約1/4は在留外国人
——ここからは、文京区の在留外国人対応について聞いていこうと思います。
今の文京区における在留外国人の数や国籍の割合を聞かせてもらえますか?
直近で行った国勢調査の結果が2021年末に出たのでこちらを見てください。
今、文京区は人口約24万人で、外国人は約8500人です。外国人の比率でいくと約3%ですね。これを国別で見ると中国・韓国の方が一番多いというのは、どこも似たような傾向かなと思います(図①)。
図① 文京区在住の外国人の国籍(令和2年国勢調査 人口等基本集計より)
ですが、社会福祉協議会(以下、社協)の方で生活福祉資金特例貸付という、コロナの影響によって減収し、生活に困っている方向けの支援策を行っていますが、外国人の割合や国籍はこれとは大きく異なります。
先ほど文京区の外国人の割合は約3%と伝えましたが、貸付の場合、制度を利用している約4分の1は外国人です。
——そんなに。
いかに外国の方が不安定な生活基盤で困窮しやすいか、ということですよね。
分布のデータをみると圧倒的に中国・韓国以外のアジア系、ベトナム・ミャンマー・ネパールが三大勢力みたいな感じで全体の約7割近くを占めています(図②)。
図② 文京区の特例貸付を利用した外国人の国籍(文京区社会福祉協議会による調査)
で、行政の多言語対応を見てみると、基本的に英語・中国語・韓国語です。なので、ベトナム・ミャンマー・ネパールの方は、どの言語も理解できないということが多い。
——ベトナム・ミャンマー・ネパールが多い理由って何かあるんですか?
文京区の場合、その3カ国から来るのは「留学生」が一番多いです。でも大学生ではありません。大学の留学生だったら英語がわかるかもしれませんが、専門学校とか日本語学校みたいなところだと、英語がわからないって人が多いんです。むしろ、やさしい日本語の方が伝わることが多いと感じています。
——なるほど。
なので、言語が壁になって情報をキャッチできないで困っている人は結構たくさんいます。
例えば、収入がすごく減った場合、国民健康保険料の減免とか住民税の支払いの猶予など、いくつか対応策がありますけど、そういう制度自体を知らないから、そもそも役所に相談にも行かない。
以前、本当に困っているからと相談にのった外国の方がいたのですが、日本語に自信がないということで、役所の相談窓口まで一緒に同行したことがありました。
そうすると、窓口の担当の人が、目の前に(外国人の)本人がいるのに、隣にいる私に日本語で話してくるんです。言葉が通じにくい方と通じる方が一緒に目の前に現れたら、通じる方に向けてついつい話してしまうというのは私たちも行ってしまいがちですよね。その時は、私が簡単な日本語というか、やさしい日本語に通訳して、「わかる?」みたいなことをやって伝えたことがありました。
——まさに第三者返答ですね。
最初からやさしい日本語で話してくれれば、(外国人の)本人だけでも対応できるのに。
そうなんですよ。最低限やさしい日本語で対応するとか、手製の説明シートみたいなものを窓口に置いておくとか。それだけで窓口の方も説明が楽になると思うんです。
やさしい日本語とオンライン翻訳サービスを使って、分かりやすい情報提供
——社協で貸付を行った際は、外国人へ伝えるために何か工夫されたのですか?
これは社協の窓口に申請が殺到していた時期に使ったものです(写真①)。これを館内に貼ったり、各人ごとの情報を紙に記入して渡したりしていました。
写真① 実際に窓口で使われたシート
それと、これは郵送する書類に同封した案内です(写真②)。
貸付の場合、3カ月ごとに3回までお金を借りることができます。その3カ月ごとのタイミングで「3カ月経過しましたが、まだ貸付が必要な場合はさらに3カ月分借りることができますよ」という案内を日本人も含めて全員に送ったんです。でも外国の方にそんな申請書送ってもわからないから、こういうメモを同封していました。
写真② 実際に郵送で使われたシート
——こういったガイドを用意するような配慮はいいですね。各言語の翻訳はどう対応されたのですか?
これはベトナム語の例ですけど、一応英語は分かるので、まず日本語を英語に翻訳して、オンライン翻訳サービスを使ってベトナム語にしました。日本語から直接ベトナム語に翻訳するのは精度に不安があったので。できるだけ混乱を生まないようにしようと思いました。
やさしい手続きで真のデジタル化が必要になる
——やさしい日本語に対してはどのような感想をお持ちですか?実際に活用してみての効果とか。
当たり前を問い直される、みたいな感覚がありますね。
普段何気なく使っている言葉を、全然知らない人に分かるように伝えるって結構難しいなと。だからものすごく頭の体操にもなりますよね。
外国の方だけではなくて、判断能力の低下しがちな方とかにもいいなと。子どもからお年寄りまで伝わるようにするっていう視点がすごく大事だと思います。
なので、習慣としてみんながやさしい日本語を考えるようになったらいいのになって思いますね。
——役所が作る案内や申請の手続きって分かりづらいことが多いじゃないですか。
もっとやさしい日本語を使って欲しいと思うのですが、どう思いますか?
役所に限った話だけではなく、まだまだわかりづらいものって多いですよね。特に申請や登録などの手続き作業は。レアなケースにもかかわらず、こう言われたら困るから、この文章を入れておこうとか、書いてなかったと言われないように例外を入れておくとか。
クレームを恐れて防御に走りすぎると、結局わかりづらい、使いづらいものが出来上がってしまう。
最近は、デジタル化・オンライン化と言われますよね。役所の例でいうと、持続化給付金とか○○支援金とか、オンラインでも申請できるようになりましたけど、結局日本語がわかりづらいから外国人が苦戦している。相手が分かりやすく、申請しやすいようにUI(ユーザーインターフェース)も変えていかないと意味ないよね、と思うんです。
立場上、そういう構造になってしまうのはわかりますけど、そこを変えていかないと難しいなと感じます。
もう手続き全般をやさしい日本語化した方がいいと個人的に思いますよ。「やさしい手続き」みたいな(笑)
——いいですね「やさしい手続き」(笑)
福祉という観点でいくと高齢者向けにやさしい日本語を活用していくのはどうでしょうか?
高齢者一般というよりも、どちらかと言うと障がいというほどではないけどコミュニケーションに困難がある方にも有効だと思っています。例えば発達障がいの方って、抽象的な概念を伴うバーバルなコミュニケーション(言語で相手に伝達を行うコミュニケーション)が苦手なことも多いんです。相手と「一対一」だったらまだしも、「一対多」は情報処理が難しいことも多い。ひとつの言葉にすごくとらわれてしまって、1の情報が100ぐらいの情報に感じて、他のことが頭に入らなくなっちゃう。情報の海でパニックになってしまうんです。
ですから、情報を視覚化することがポイントで、ピクトグラムや図表、こういう順序で見ていきましょう、というのが整理できると、落ち着くことがあったりするみたいです。
——なるほど。ゆっくり話すとか、文章を短くするとかも有効ですね。
そうですね。言葉を補って、いま話したのはこういうことだよって言って確認してあげるといいですね。
話している途中で自分がひっかかった言葉だけがすごく拡大されて、他のことが全部抜けちゃったりすることもあるから。わかりやすくコンパクトに伝えて、視覚化するっていうのはすごく重要だと思います。
失敗を恐れて、チャレンジすることをやめないで欲しい
——では最後に、フミコムが今後取り組みたい活動や目指す方向性のようなものがあれば教えてください。
こういう先の見えない時代だからこそ、チャレンジすることは悪いことじゃないっていうことは伝えていきたいですね。「失敗は成功の母」じゃないですけど、失敗から何を学んで、次は何にチャレンジするかっていうことが大事だと思うので。
今の世の中って、一回失敗したらそれで試合終了みたいなイメージあるじゃないですか。ある程度能力があれば、他の道もあるはずだけど、もうこの道しかないみたいな。でも代わりの道なんていくらでもあるんだよ、ということを伝えていけたらいいなと思っています。
なので、私たちに相談に来る方にも、これは課題解決に直結しそうだ、という視点だけではなく、少し関心を持ってみたとか、ちょっとやってみたいと思って、というところから応援したいと思っています。
あとは、先ほども言ったように、文京区には19の大学がありますから、社会課題や世の中の仕組みに関心があるという学生もいます。ただ、そういう話を友達にすると「なんか面倒くさいな・・・」って反応されちゃうから、そういう話ができる友達がいないということで相談に来る学生も年に何人かいます。
まさにそれって同質性のコミュニティの中だから、周りから引かれてしまうということかなと思っていて。
だから、くすぶっている炎みたいなのを持っている若い子に、どうアクセスするかっていうのは考えていますね。
もう私自身もいい年齢になってきたので(笑)、若いスタッフと一緒に、若い世代の巻き込み方とか関心を持ってもらえる伝え方、というところに取り組んでいきたいと思っています。
——とても勉強になるお話ばかりで参考になりました。
今回はありがとうございました。
森 順一郎
株式会社ダンク 「やさしい日本語プロジェクト」リーダー
1997年株式会社ダンク入社。流通チラシの校正校閲やスケジュールを管理する進行管理業務を担当。2018年やさしい日本語の存在を知り、ダンクが培ってきた編集ノウハウとの親和性を感じ活動を始める。
・2021年度 多文化共生コーディネーター研修 修了
・TBSラジオ『人権TODAY』に出演 『やさしい日本語』の意義と可能性について説明
・都庁主催『やさ日フォーラム』に講師として登壇~デザインとやさしい日本語を組み合わせた新たな手法を紹介
・文京区福祉協議会「フミコム」主催オンラインイベント『フミコムCafe』に登壇
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