やさしい日本語はインフラです 
ダンク「やさしい日本語プロジェクト」森 順一郎


 

株式会社ダンクが今、チカラを入れているものの1つが、
「やさしい日本語プロジェクト」です。

実際にそこにかかわる人びとは やさしい日本語 に対していったいどんな思いを抱いているのでしょうか?
まずは初めに、(手前味噌ですみませんが)株式会社ダンク「やさしい日本語プロジェクト」のメンバーである森 順一郎さんにお話を聞いてみました。

 

----------------

 

――今日はよろしくお願いします。
  まずは「ダンク」がどんな会社なのか、教えてもらえますか?

広告の制作に携わっています。業務としては、広告の編集と校正・校閲ですね。
僕が入社した、もう24、5年前はほとんどが流通チラシで。
チラシ以外の媒体もたくさん担当しましたし、制作全体を管理する仕事も増えたり、ルームや部署が増えたりもしましたけど、今も基本的には編集や校正・校閲に寄り添ってる会社ですね。

 

――そんな会社が やさしい日本語 に取り組み始めたきっかけは何なのですか?

取り組みを始めたのは2017年なんですけど、当時、社内のいろんな部署のスタッフが集まって、 “雑談しながら新しいサービスを考えよう”って会議のようなことをやり始めたんです。

そうしたらある日、ある参加メンバーのところに、問い合わせの電話がかかってきたんです。
「『やさしい日本語』の対応は可能ですか?」って。
そのときは誰も やさしい日本語 なんて知りませんでした。

それで調べてみたんですけど、みんな最初はちんぷんかんぷんで仕組みもわからないし、例文を見るとなんとも稚拙な日本語だし……それでもちょっとやってみようよ、ってことになって。

この会議に社長も参加していたんですが、社長が「これおもしろいね」って言ったんです。
うちの会社は、広告の編集や校正・校閲とかリライトとか、文章を考えるとか、そういった形でずっと日本語に寄り添ってきた会社だから、これもやってみたらおもしろいんじゃないかって。

――それで「やさしい日本語プロジェクト」が発足したんですね?

そうなんです。「プロジェクトを作りましょう」ってなって。
でも僕は、「確かに面白いけど、こんな文章の書き換えばっかりやっててもただの勉強会で終わっちゃう」と思ったから、「じゃあ僕は、新サービスとしてこれを売っていこうと思います」と手を挙げたんです。

ただ、売るにしても世の中のニーズはどうなんだろうとか、誰がやってるんだろうとか、そういうことを知らないとどこに持って行っていいかもわからないので、現状どんな感じなのか外部に取材してきます、っていう感じで、始めましたね。

 

 

地方に「やさしい日本語」のニーズがあると感じた

――どんなところで、「やさしい日本語が仕事になる」って思ってたんですか?

その雑談会議をやってたころ僕は、地域活性化のお手伝いをする部署にいたんですよ。

森順一郎それである時、富山県南砺市の井波に仕事で行ったんです。木彫刻で有名な。
そこで地元の人とお話しする機会があったんですが、『井波紬』っていう織物の後継者がいないという話になったんですよ。
で、どこでも伝統工芸、文化継承するのって大変ですよねって言ったら、ボソッとね、地元の人が言ったんです。
「外国の人でもいいから興味持ってくれたらいいのにな」って。

あ、確かにそうですよね。なるほどと思いました。別にいいんですよね、日本人じゃなくたってと。
でも、「教えられない」って言うんですよ。木彫刻についても外国の人に説明してるんだけど、日本語自体が難しくてやっぱりうまく説明できないと。
で、そのときに やさしい日本語 がひらめいたんです。

日本に行きたい外国人が出ているテレビ番組なんか見ても、だいたいみんな、ちょっとは日本語を勉強してるじゃないですか。文化に興味を持って地方にまで来る外国の人ならなおさらですよ。
もしそういう人が『井波紬』を実際に見たり、情報を知って、これもう消えてしまいそうなんですよって伝えたら、やってみたいっていう外国人もいるんじゃないかと。
だからそうなったら やさしい日本語 を活用できるでしょ、って思ったんです。

――ちょっと意外なニーズですね。

やさしい日本語 っていうと都会でのニーズが多そうに思うかもしれませんが、僕は地方でのニ-ズのほうが高まっていくだろうと考えているんです。
地方こそ、観光資源をどう活用すればよいか困っているところが多いと思うんです。

それから今はコロナ禍で止まっちゃってるけど、いずれインバウンドも再開しますよね。
でもそこから、みなさん英語覚えてください、タガログ語覚えてくださいって言ってもすぐには覚えられないし、英語だって“つたない英語”だったらけっきょく通じない。じゃあ日本語がベースである やさしい日本語 でいいじゃないかと思うんです。

そんなこともあって やさしい日本語 はこれからの日本にマッチすると確信したんですよ。観光市場が膨らめばニーズも高まるはずですから。

 

 

ゼロからの「やさしい日本語」勉強会

――で、そんな現状の情報も含め、やさしい日本語 の知識は実際どんなところから集めたんですか?

とりあえず取材しに行きましたね。まずは横浜市民局。
そこで、こちらの考えを伝えたら、丁寧に教えていただいて。

横浜市民局って、やさしい日本語の資料をガッツリ作ってるんですよ。考え方とか、書き換え事例とか、ちゃんとお金使って、有識者呼んで、市として作ってるんです。やさしい日本語業界では取り組み年月が長いところの1つなんじゃないですかね。そこでお話を伺えて、がんばってくださいね、なんて言われて。

その後もいろいろ調べて、吉開 章さんの『やさしい日本語ツーリズム研究会』を見つけたんです。

吉開章 やさしい日本語

やさしい日本語ツーリズム研究会 主宰 吉開 章氏

そこから研究会のサイトを毎日見てたんですけど、ある日、タブが1つ追加されてたんです。
「講演会やりますよ」っていうね。
すぐに問い合わせのメールしたら、すぐ電話かかってきて「編集、校正・校閲の会社なんですね。ぜひ講習会やりましょう」って言ってくれたんです。

吉開さん曰く、当時はまだ民間で やさしい日本語 に取り組むところは珍しかったし、「そろそろ校正・校閲とか編集とか書籍とか、そんな会社から問い合わせがあったらいいな」と思っていたそうで、そこにちょうどうちからの問い合わせが来たんですって(笑)

そうしてほどなくうちの会社まで来ていただいて、講演会をやってもらいました。興味を持った10人ぐらいのスタッフが受講しましたね。
それで、吉開さんの話が面白かったっていうのもあるんだけど、こりゃおもしろいな、本格的にやってみようぜってなっていったんです。

――かなりの熱量ですね。

そのあと、吉開さんに「うちもプロジェクト立ち上げて、勉強会もするようになりました」って報告したんですよ。
そしたら「どんなことやってるか見てみたい」って言われたんです。
吉開さんも「どんな勉強会やってんだ?」ってかなり興味津々だったみたいで。

 

――実際にはどんな勉強会をやってたんですか?

まず、弊社のある台東区の『安全・安心ハンドブック』をパートごとに分けて「やさしい日本語」に書き換えて、みんなの前で発表してました。それでそのあと、あーじゃないこーじゃないって、ディスカッションしてましたね。

で、それを見た吉開さんから「このまま内部の人間だけでやってっても多分変わんないですよ。外部の人間をちゃんと入れて、アドバイスを受けながらやったほうがいい」っていう意見ももらいました。

それで吉開さんが、やさしい日本語指導者養成講座を修了した日本語教師の方を紹介してくれたんです。

やさしいコミュニケーション協会 代表理事  黒田 友子氏

それが一般社団法人やさしいコミュニケーション協会代表理事の黒田友子さんなんです。
今も外部アドバイザーとして契約しています。

 

 

 

 

「やさしい日本語」プロジェクトが始まった

――プロジェクトとして具体的にはどんなことをやってきたんですか?

一番最初は「書き換え」ですよね。
はじめは本当に「文字の置き換え」ばっかりやっちゃってましたね。単純にテキストをテキストに変える、翻訳みたいな感じにしかなりませんでした。

でもそのうちに、プロジェクトにも『テクニカルライティング』の資格を持ったスタッフや、いろんなメンバーが参加するようになり、展示会に出展するようになったりもして、社内外のいろんな人が興味持ってくれるようになったんです。

そうしたら違った角度からの意見もでてきて、「ゴールは“見た人、読んだ人に伝わる”ということだから、分かりやすくするにはやっぱり絵とか図解も必要だろう」ということになりました。イラストや図解を使う、文字は極力削る、表現を分かりやすくする、箇条書きにする……って、そんな形になっていきました。

 

――先ほど出てきましたが、展示会はどんな感じだったんですか?

よい仕事おこし

※著者撮影

全国の信用金庫が連携して、中小企業のマッチングをする『よい仕事おこしフェア』っていう展示商談会に出展しました。
多くの方と接する機会となったので、すごく刺激的でした。

2018年に初参加した際は、反応が薄かったですね。「やさしい日本語?なんですかそれ?」とか「どこにニーズがあるんですか?」とか。民間として取り入れるだけのニーズがないし、当時はまだ改正入管法前でしたから。
話は聞いてくれたけど、棒読みで「ありがとーございまーす」的な感じで、正直、次へのつながりが少なかったので寂しかったです(笑)
とはいえ理解はしてくれたところも結構あって、「時間かかると思うけど面白いとは思うから、頑張って続けてください」っていう声は多かったと思います。

ところが2年目の2019年になると、改正入管法の公布もあって、そこそこ興味を持ってもらえたのを覚えています。外国人の話をすると、あーなるほどね、と。

2020年に行われるはずだった世界的なスポーツの祭典に向けて世間が盛り上がってってくると、『やさしい日本語』というワードがネットで飛び交うようになりましたし、準備局のページで取り上げられてたこともあって、やさしい日本語 の認知度はかなり上がりましたよね。閣議決定した資料の中でも「やさしい日本語を活用」と明示されてましたから。これからさらに注目されるようになると思います。

 

――プロジェクトでは、外国人の方と「やさしい日本語座談会」も行ってるんですよね?

やさ日外国人座談会これまでは、僕らのプロジェクトはすべて自分たちだけで完結してました。我々自ら動いて、アドバイザーに意見もらって。でも全員日本人なわけですよ。
そこで浮かんできたのが、自分たちの進めている やさしい日本語 が、外国人に実際どんなふうに通じるのかという素朴な疑問でした。日本人だけでやっていても限界があるだろうから、ユーザーの率直な声を聞きたいなって思ったんです。

それで2020年に、中国、タイ、ベトナム、ネパール、ブラジルと5か国の方をお呼びして、お話を伺いました。

伝える対象の率直な意見っていうのが一番の情報で、誰に向けてやるのかっていうのが大事ですから。
仕事を発注するのは企業かもしれないけど、その企業が使うのは外国人の働き手なわけで、彼らに対して伝わるのか、伝わらないのかが一番大切だと思ったんです。外国人の人たちから意見をもらって、自分たちがやってることを再認識してみようとしたんです。

――なるほど。そんな感じでプロジェクトが進んでいって、一番最初に受注したはどんな案件だったんですか?

NHK放送博物館です。
2018年の『よい仕事おこしフェア』で初めてお会いしてからいろいろご提案させていただいて、『ロッカーの使い方』と『傘立ての使い方』という案内板をつくらせていただきました。

NHKやさ日ロッカー

NHK放送博物館のロッカー

初めて目に見えた結果となったので、これはうれしかったですね。評価されたということですし。

あ、でも傘立てはちょっと苦労しました。

NHK傘立て

NHK放送博物館の傘立て

そもそも傘立てとしても使い方がちょっと分かりづらいものだったので、それをどう表現するかという点で悩みましたね。

 

――ほかに印象に残ってる案件はありますか?

デザインを担当した出入国在留管理庁・文化庁の『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』も大きかったですね。
このガイドラインを出した後、そのご担当の方が「これどこがやったんですか」なんて聞かれたらしくて。そこからいろいろ広がっていきました。ちょうどその時くらいからWebからの問い合わせもすごい増えましたね。

 

――「やさしい日本語」に取り組んでる会社という認識が広まっていったんですね。
  そういえばラジオにもインタビューされたんですよね?

TBSラジオからの取材(『蓮見孝之 まとめて!土曜日』内「人権TODAY」)だったんですけど、あれは緊張しましたね(笑)

でも、一番言いたかった「やさしい日本語は外国人にとってインフラですよ」ってことは言えました。
『多文化共生』って言葉は、なんだか壮大なイメージじゃないですか?気軽に語れなくなっちゃう。
「言葉」っていうのはもっと身近で、外国人にとってものすごく大切なコミュニケーションツールなんだよっていうことを伝えたかったんですよ。電気・水道・ガスと同じくらい大事なんです。そういった意味で『インフラ』という言い方をしました。

 

――そのインタビューでも“ やさしい日本語 に取り組む企業”としてダンクの活動が紹介されたわけですけど、実際に他の自治体や非営利団体などの取り組みとはどう違うんでしょう?

うちの強みは、“編集力”だと思います。

例えば、「この文章は単純にテキストを書き換えてもダメだろう」とか「これは表組にしたほうがわかりやすい」とか「これはイラスト化したほうが伝わる」とか考えながらやってるんです。
イラストもちゃんと効果的に使わないと、ただの“にぎやかし”の埋草になっちゃいます。なのでダンクではちゃんと意図が伝わるようにするために、イラストもきちんと手配しています。
こういうことは自治体とかだと難しいと思うんですよ。わざわざコストかけて、わざわざ書類書いて、イラスト数点発注って。だからフリー素材のいらすとで何とかしようとしているけど、それだと厳しいんじゃないかなって思うんです。

そういったところにもこだわりをもって向き合う、これまでやってきた広告の校正・校閲や原稿チェックが根っこにある“編集力”が強みなんじゃないかなって。

 

 

ダンクが考える やさしい日本語 の展望

――この先はどんな展開を考えているんですか?

このコロナ禍なのでちょっと先になりそうですけど、個人的には観光をやりたいですね。

当たり前ですけど、自治体と民間の両方にニーズがある。今は自治体からの相談が多いけれど、民間にも やさしい日本語 を必要としているところはたくさんあるだろうなと考えています。

美味しいものとかアウトドアとか現在の流行のものだけじゃなく、その地方に根差している「文化」とか、そういった息の長い観光資源に取り組みたいですね。
本当に地元の人たちが、伝えたいものというのは文化だと思うんですよ。自分たちがずーっと大切にしてきたことだし。なぜこの街並みが残ってるのか、なぜここが栄えたのか、とか。

もしこれが商売にならなかったら、個人的な老後の楽しみにしようと思ってるくらい、やりたいことではありますね(笑)

 

―― やさしい日本語 を使って、こんな世の中にしたいとかっていうのもありますか?


なぜいま多文化共生が必要なのかというと、総人口や生産年齢人口の減少など、国の抱えている問題を解決する1つの方法だからなんです。
やさしい日本語 はその多文化共生を実現させるためのツールの1つです。

それをもっと世に広めたいですし、お金の話になっちゃいますけど、ちゃんとマネタイズできる形にもしていきたいですね。ダンクだけの話ではなく。

最近、民間企業でも やさしい日本語 に取り組み始めてるところがポツポツ出てきましたから、我々含めそういう人たちが『多文化共生のインフルエンサー』になっていく必要があると思うんです。そのためにはうちだけじゃなく、みんながマネタイズできるようなる必要がある。きちんと利益を得ないと社会貢献はできないんですよ。お金がないと次のこともできないし、マネタイズできるから初めて“いいもの”が作れるんだと考えています。経済の中で回したほうが、発展するんです。

やさしい日本語 のニーズとか認知度とかがもっと理解されなきゃいけないし、クオリティももっとあげなくちゃいけない。それでコミュニケーションが取れて初めて、多文化共生が実現できると思うんですね。

改正入管法案が閣議決定されましたが、あれは移民政策の前哨戦と言われています。移民を受け入れるか否かは国が判断するんでしょうけど、間違いなく外国人は増えると思います。その時はお互いを理解しあわなくちゃいけない。となるとやっぱり、コミュニケーションが重要になってくるんですよね。
もちろん彼らも日本語を覚えなきゃいけない。反対に日本人も苦手な外国の言葉を覚えなきゃいけなくなるんですけど、たくさんの国から移民が来たら、僕らは16言語とか17言語とか覚えなきゃいけないですよね。でもそれは現実的じゃない。
仮にそれだけの数の言語を覚えられたとしても、誰が何語を話すかわからないっていう「言語の選択」の問題が出てくるはずですから、そういうのも加味していくと、お互いの間に やさしい日本語 をポッと置いてあげれば、コミュニケーションがとれるでしょ、とそう思うんです。

もっともっと多文化共生が進む、そんな世の中になってほしいですね。
その手助けをダンクができればと思っています。

 

 

----------------

この『マガジン』のコーナーではこれからも やさしい日本語 だけでなく
外国人がもっと住みよい、多文化共生できる社会を作るために尽力している様々な方にお話を聞いていきます。

どうぞお楽しみに。

 

 

この記事を書いた人

坪内著者坪内 悟   Satoru TSUBOUCHI

ライター。俳優や放送作家、ラジオパーソナリティ(かわさきFM『平成POPオヤジーズ』放送中)としても活動。

白