やさしい日本語の相手は、外国人に限りません。 
東京都生活文化局 都民生活部 村田陽次(前編)

株式会社ダンクが今、チカラを入れているものの1つが、
「やさしい日本語プロジェクト」です。

最近注目されている やさしい日本語 ですが、実際にそこにかかわる人びとはいったいどんな思いを抱いているのでしょうか?

 

今回は行政の立場で やさしい日本語 を含めた多文化共生事業を推進する、
東京都生活文化局 都民生活部 地域活動推進課 課長代理(活動支援国際担当)の村田陽次さんにお話をうかがいました。

 

 

村田 陽次 (むらた・ようじ)
 東京都生活文化局 都民生活部 地域活動推進課 活動支援国際担当 課長代理

山口県宇部市生まれ。1999年東京都庁採用。2004年から生活文化局文化振興部で都立文化施設の管理運営、首都圏のホール・劇場のネットワーク推進などを担当。2018年からは都民生活部において、多文化共生社会づくりや共助社会づくりの推進、 やさしい日本語 の普及促進に取り組んできた。
2020年度は、新型コロナウイルス流行下における外国人支援施策「東京都外国人新型コロナ生活相談センター(TOCOS)」や、地域コミュニティ活性化を使命とする「東京都つながり創生財団」の設立などを担当。
好きなものはラグビーとホッピー。

東京都生活文化局主催「やさ日フォーラム」チラシ掲載プロフィールより)

 

※聞き手:「ダンクのやさしい日本語プロジェクト」 メンバー 森 順一郎・桑島浩
森順一郎のインタビューはこちら

 

----------------

やさしい日本語 は、難しいから面白い

 

――先日の『やさ日フォーラム』ではお世話になりました。(※)今日はよろしくお願いします。
  (※編集部注:ダンク森は2021年2月9日に開催された東京都生活文化局主催『やさ日フォーラム』に登壇)

  早速ですが、村田さんは やさしい日本語 にいつ頃どんなふうに出会ったんですか?

私個人としての やさしい日本語 との出会いは、3年前の平成30年度になります。

その年は、ちょうど私が今の所属の都民生活部に異動した年ですね。
その時の私のミッションは、多文化共生や共助社会づくりといった施策を拡充していくとか、そのための体制を作っていくというものでした。
そこで、それに関する材料というか、いろんな考え方・情報を求めて研修を受けたりしていたんです。

するとその頃、今の『東京都つながり創生財団』の前身である『東京都国際交流委員会』が、都内の国際交流協会や多文化共生の団体で外国人支援に携わる人たちに向けた研修会を行っていたんです。年間で何回かに分けて行う研修だったんですが、そのうちの1回のテーマがたまたま やさしい日本語 だったんですね。

で、その講義を受けたら、「とにかく面白い!これは面白い!」と。
講師をされていた聖心女子大学の岩田一成先生の語り口が面白いというのもありましたけれども、 やさしい日本語 の考え方自体が面白いなぁと感じました。
「みなさん、日本にいる外国人で英語が通じる人はどれくらいいると思いますか?」とか、「そもそも日本語として難しいっていうのはどういうことなんでしょう?」というようなお話を岩田先生がされたんですけど、ある意味エンターテイメントに近いぐらいの感じで、単純にすごく面白くて。それで関心を持ったことが大きかったですね。

その講義の後半は「避難所のポスターを作りましょう」みたいな、自分で作ってみましょうというワークショップだったんですが、まわりの支援団体の人たちとワイワイやりながら やさしい日本語 について考えているうちに、私も やさしい日本語 の面白さに引っ張られてすごく話が盛り上がりましたね。そうした感じで研修自体がすごくいい時間になって、とても面白かったんです。

それが最初の出会いであり、印象ということになるかと思います。

――私もそうだったんですけど、「やってみると案外難しい」っていうところも、面白いところの1つですよね。

そうですね。最初の研修のワークショップでもできなかったですよ、全然(笑)。
日本語で “ やさしく ”、その時のニュアンスだと “ 簡単にする ” っていうことなんですけど、「それがこんなに難しいのか!」と驚きました。

今私も やさしい日本語研修の講師をやるんですけど、その際は最後に短くてもワークを入れるようにしています。
いろんな区市町村の職員の方にやってもらうんですけど、やっぱり皆さんなかなかできないんですよね。

普段は自分たちが使ってる「日本語」についてあんまり意識的にならないんですけれども、その場で日本語の難しさとか、じゃあそれをやさしくしようってことに真剣に取り組んで、それを通じてみんなのつながりができるみたいなところがやっぱりすごく面白いと思いますね。それが「難しいから面白い」、ですね。

 

文化施設と やさしい日本語

――村田さんはその前から多文化共生とか外国人対応に関わっていらっしゃったんですか?

実は多文化共生に関してはほとんど関わってはいなかったんですよ。
その前は、東京都の文化振興部というところで都立の美術館・博物館ですとか、都立も含めたホール・劇場に対してのいろんな調整やネットワーク化をする仕事を担当していたんです。
私が携わっていた2004年以降というのは、ちょうど日本がインバウンドに力を入れて観光立国を目指そうとしていた頃でした。ですから、都立の文化施設にとっても、外国人というと「外から観光客として来る人々」だったんですね。

私は都庁でそうした施設の連絡調整をしたり、予算を取ったり、今で言う「多言語対応」の推進を行っていました。全ての美術館でホームページやパンフレットを日(※いわゆる普通の日本語)・英・中・韓の4か国語にしたりして。
特に外国からのお客様の多い両国の江戸東京博物館では、日・英・中・韓に加えてフランス語やスペイン語など、7か国語くらいに館内リーフレットを翻訳しています。

さらに展示室にいるガイドボランティアにも語学堪能な方がたくさんいて、かなりの多言語対応をしていたんですね。
また、数年前に展示室を改装した時にも多言語対応のタッチパネルを導入して、言語を選ぶと翻訳された展示の解説がすぐ出てくるようになっているんです。

そんなふうに、平成30年度に都民生活部に異動して「多文化共生の取り組み」に出会うまでは、私の頭の中で外国人対応といえば「多言語対応」しかなかったですから、 “ 言語数を増やしていくのが良い ” という方向をすごく突き詰めていました。

でも一方で、「美術館や博物館って物理的なスペースが限られてるから、多言語対応って言ってもなぁ…」っていう問題もありまして。ある美術館は、館長が「うちは館内サインについては日・英以外は増やさん」って。文字が館内にあふれてしまって、かえって鑑賞環境が悪くなるっていう問題もあるんですね。そういう葛藤もありました。

そんな中で、( やさしい日本語に出会って)「日本語でも通じます」って言われたから、これは思いもよらない方向からすごい考え方が来たなと面白く感じたわけです。

――あと、多言語だと通訳が必要だから、単純に間違ってるかどうかわからないですよね。合ってるかどうかも。
  やさしい日本語 なら自分でチェックできるから、それも便利だなって思うんですよね。

そうですね。さっき言ってた多言語対応してる都立の文化施設の中でも、『いらっしゃいませ』という挨拶をたくさんの言語で並べてるところがあったんですよ。当時インバウンドブームは始まっていたけれど、今ほど通訳・翻訳会社っていうのが一般的じゃなかったこともあって、その翻訳を地元の学生に頼んだみたいなんです。
そうしたら、そのうちの1つの言語が間違っていて、きれいに壁紙貼って作ってあったのにそこだけテープ貼って修正した、なんてこともありました。

――そういうのはやっかいな問題ですね。

さらに現実として、コストの面もあります。
例えば美術館とかでも、常設展なら基本的なパターンを1回作ってしまえばいいから、さっき言ったような江戸東京博物館みたいにタッチパネルで多言語化しておけるんですけど、企画展みたいなものについてはその都度多言語で翻訳するっていうのは相当お金も時間もかかっちゃうんですね。

多言語化にはそういうコストであったり、さっき言ったような間違えるリスクであったりというのは常にあるんだなぁと。私も今にして思うと、そういうヒヤリとした経験はありますね。

 

「多文化共生」で やさしい日本語 が果たす役割

――「多文化共生」を推進していくうえでの、 やさしい日本語 の立ち位置というか、役割というのはどうお考えですか?

研修の時に私がよく言うことが3つあります。

1つは通じる打率が高い、岩田先生の表現で言えば「英語は4割、やさしい日本語は6割以上」という、『コミュニケーションを広くできる非常に有用なツールである』ということですね。
その有用という意味には、通訳者をセッティングしたり、翻訳にお金をかけたりといった、時間やお金がかかってしまう部分を抑えられるということもあります。


次に2つ目ですが、そういう手軽なツールであるからこそ、普通の人が誰でもできるんですね。まだ日本語について高い能力に達していない外国人側も取り組めることですし、日本人側も“特殊な”訓練は必要ないですから。一週間や一か月、どこかに籠って修行しなきゃいけないといったものではなく、心がけひとつで変えることができます。
やさしい日本語は片方だけがすごい専門性とか高いスキルやコストをかけてがんばるというのではなく、わりと気軽にお互いが歩み寄れるツールだと思うんです。それってつまり『多文化共生の考え方の本質にかかわる』ということですよね。

多文化共生を「外国人支援」って言いかえることが多いんですが、一方的な支援だけだとなかなかつらいところもありますよね。
ずっとその人たちに、ベクトルとして片方矢印の付いたコストをかけ続けなきゃいけない。
でもそうじゃなくて、歩み寄ることでお互いの負担を下げていくってことにつながっていく、みたいな。
そういうツールとして、やっぱり「気軽に使える」っていう事と「歩み寄れる」ことがおそらくセットであるのかな、というふうに思ってます。


3つ目は、やさしい日本語は在住外国人だけでなくて来訪の外国人であるとか、子どもや障がい者、高齢者、あるいは日本語について何らかのバリアに直面している、またはある種のハンディキャップを負っているような人たちとのコミュニケーションに有用なツールである、ということです。

これは少し多文化共生から飛躍していると思われがちですが、実はそこって地続きなんですね。
というのも、「海外にルーツを持つ人」っていうとなにか特別な人のように感じますけど、実際には世の中にたくさんいらっしゃいます。これからの社会ではおそらく、高齢者とか子どもとか障がい者とか、そういった人たちと同じぐらい、そうした外国ルーツの人々が「普通に」社会の中に存在しているようになっていくことが、多文化共生の観点からも重要だと思います。
となると、やさしい日本語 は外国人支援の特別な手法というよりも、『外国人も含めた、地域の中にいる多様な人々に向けたコミュニケーションツールである』という意義付けをしていくということが、広い意味での多文化共生につながると思っているんです。

この3つの役割の中に、なぜ東京都が やさしい日本語 を推してるのか、という理由が含まれているんですね。

――外国人に限らない、幅広く多様な人々とのコミュニケーションツールっていいですね。

多文化共生の考え方を世の中に広めていく上で、意識啓発みたいなものは昔から課題です。
「地域で外国人の人たちと一緒にイベントをやる」とかも大事だと思います。でも役所の側が1年に1回だけイベントやるっていうのはきっかけとしてはいいですけど、その先の日常生活の方が大事なんですね。

やさしい日本語 の考え方っていうのはやっぱり我々がなじんでいる日本語の話だから、一番薄く広く日常生活に広げていくことができると思っています。ですから、東京都としては大事にしていきたいんです。

 

やさしい日本語 とお金の話

今まで話したのは、ちょっと綺麗なほうの話で(笑)
やさしい日本語 に取り組んだのには、もう一つ理由があるんです。

先ほど私が平成30年度に今の都民生活部に異動してきまして、政策と体制の強化、ここがミッションだったというお話をしたんですけど、それってやっぱり一朝一夕にはできないんですよね。
マンパワーやお金をかける事業っていうのは時間がかかる。

 

例えば「多言語での外国人相談事業」の重要性も当時から言われていて、都内のいろんな相談窓口を支援する仕組みが必要だという結論は割と早くから出ていたんです。
でもそれが実現できたのは、昨年2020年の10月に『東京都つながり創生財団』を作ることができて、そこから『多言語相談ナビ』として本格的に相談を受けられる体制ができた2021年4月からのことなんです。

やさしい日本語 は行政として取り組んでいく上で、着手する手段としては非常にコストが低いですから、予算がないけど取り組めたところもあって。もちろんそれだけじゃないですが、それも やさしい日本語 に早期に着手した理由の1つです。
他の行政などのお金がない多文化共生部署は、とにかく やさしい日本語 から入って実績を作っていけばいいんじゃないかな、と思ったりすることもあります。

――自治体はそういう事情もあるんですね。
  実際コストの話っていうのは切っても切れないですよね。

今行政の中で やさしい日本語 がブームみたいになってるのは、お金がなくてもできるっていうのが実際あると思います。でもちゃんとした研修とかには、お金をかけたほうがいいと思いますけどね。

東京都も最初の2年間は予算ゼロでしたから。

――え!そうなんですか!

実は予算が付いたのが昨年2020年度からでして。その前は私が最初に やさしい日本語 の考え方に気づいて、なにか東京都ができることないかということで、庁内への紹介みたいなところから始めたんです。
でも最初の年と翌年度については名目上の予算はゼロで、私の人件費といろんな資料を作る事務費ぐらいだったんですね。
もちろんそれだけではいけないのできちんと昨年度から予算化したんですけれども、やっぱり元手がなくても着手しやすいところはあると思います。

――その最初の2年間が評価されて、予算がついたんですか?

それはあると思います。ちょうど3年くらい前から「やさしい日本語」っていうのがメディアに載ってきて、『やさしい日本語ツーリズム研究会』の吉開さんとか、一橋大学の庵さんといった先生方の努力でちょっとずついろんなところで出るようになって。

で、それに加えて、私はまず資料を作って やさしい日本語 を庁内向けに紹介し、次に自分なりに勉強したり調査した情報をまとめて区市町村向けの研修資料を作成しました。
今から思うとおぼつかないところもあったんですけど、それでも3年前の段階では区市町村の庁内で、職員向けにそういう考え方を広めようってところはまだまだ少なかったんですね。
ですので、私みたいな素人がいろんなところで聞きかじってまとめた資料でもそういう区市にはそれなりの価値があったのでしょう。

取組の中では、各地をまわってるときりがないですから、都内の多文化共生の担当に集まってもらって、その人たちにまとめて研修を行ったりもしました。

そうすると、他でも やさしい日本語の研修をしてほしいってなってまた私が呼ばれ、参加者もちゃんと聞いてくれて、というふうにみなさんの関心も高まっていって、いろんな現場レベルで必要性を求める声がおこってきたんですよ。

そうやってメディアや現場レベルも含め「やっぱりニーズが高まってるんだ」というのを説明していって、それで予算をつけてもらえたっていう感じですね。
それまでの手作りでやってた研修を、布石としても活用した感じです。

 


2020年度に東京都が制作した動画『「やさしい日本語」はじめませんか?』
 

 

<後編では– 『東京都の やさしい日本語政策』『やさしい日本語 を広める上での課題』

『今後、やさしい日本語 が必要とされるシーン』などについて語っていただきます。お楽しみに>

 

 

 

 

この記事を書いた人

聞き手:
ダンクのやさしい日本語プロジェクト

株式会社ダンク内のプロジェクトチーム。2018年結成。
長年培ってきた総合的な“編集力”を生かし、「やさしい日本語」をより身近なものにすべく活動を続けている。

白

坪内著者

構成:
坪内 悟   Satoru TSUBOUCHI

ライター。俳優や放送作家、ラジオパーソナリティ(かわさきFM『平成POPオヤジーズ』放送中)としても活動。

白