AI・障がい者支援……「やさしい日本語」を活用した情報保障の可能性
やさしい日本語ツーリズム研究会 吉開 章(前編)

 

株式会社ダンクが今、チカラを入れているものの1つが、
「やさしい日本語プロジェクト」です。

最近注目されている「やさしい日本語」ですが、実際にそこにかかわる人びとはいったいどんな思いを抱いているのでしょうか?
今回は我が『ダンクのやさしい日本語編集』プロジェクトチームが設立のころよりお世話になっている、「やさしい日本語ツーリズム研究会」代表の吉開章さんにお話をうかがいました。

 

 

吉開 章 (よしかい・あきら)
  電通ダイバーシティ・ラボ やさしい日本語プロデューサー。「やさしい日本語ツーリズム研究会」代表。柳川観光大使。

福岡県柳川市出身。株式会社電通で主にインターネット広告と海外デジタル戦略を担当。会社員のかたわら2010年日本語教育能力検定試験に合格。Facebook上の巨大日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community」を主宰。第二言語習得に関心が深く、外国人と同様に日本語を第二言語として習得する「ろう児・ろう者」への学習サポート活動も試行している。

2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を柳川市で実現。2020年7月「入門・やさしい日本語」(アスク出版)上梓。

メディア掲載、講演多数。公私ともにやさしい日本語の社会普及に尽力中。
日本語教育情報プラットフォーム(にほんごぷらっと)世話人・コラムニスト。日本観光振興協会「観光地域づくり研修ナビ」登録講師。

「やさしい日本語ツーリズム研究会」プロフィールより)

 

※聞き手:「ダンクのやさしい日本語プロジェクト」 メンバー 森 順一郎・桑島浩・田中宏周
森順一郎のインタビューはこちら

 

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やさしい日本語と日本語教育

――今日はよろしくお願いします。
 まずやさしい日本語との出会いと、それを知った時になぜ普及したいと思ったのかを教えてください。

僕のやさしい日本語との出会いは、その前の、日本語教育との出会いから始まっているんです。

ちょうど2009年に、外国人に日本語を教えることの楽しさをたまたま発見しまして。あれからもう12年になりますが、今まで一回も飽きたことがないです。
現在はfacebookのグループで約6万人の世界中の外国人のメンバーに、120人の先生と一緒に日本語を教えてるんですけど、本当に学習者(生徒)がかわいくてしかたがありません。
いろんな目的で日本語を勉強している人がいるんですけれど、オンラインで勉強してる人は趣味で勉強してるって方が多いです。「いつか日本に旅行に行きたい」とか「留学に行きたい」という若者が多かったりします。

ところが日本に来ても、日本人は「やっぱり外国人は英語だよね」と思ってるから日本語で質問しても英語で返しちゃうとか、外国人が来たら逃げちゃうとか、しちゃうんです。電車で外国人が座ると両側の席が空くとか。
日本人のささいな態度が『マイクロアグレッション』(※意図的か否かにかかわらず、何気ない日常の言動に現れる、政治的・文化的に疎外された人々への偏見や差別的な態度)として積み重なっていきます。観光で来日する外国人もそうだし、日本に住んでる外国人も不愉快に思う点がいろいろあるんです。

それって日本人がやっぱり外国人、特に日本語を勉強してる外国人に対する接し方が慣れていないことが原因なんだと思うのです。

でも日本語の先生はそこが非常に慣れています。特に相手の日本語レベルがどれくらいかというのはなんとなく喋りながらわかりますから、それを調整する力があって。それから、あまりステレオタイプなことも言わず、外国人だからって特別なこともしないんです。

そうやって考えると、日本語教育にたずさわるものとして、日本に来る外国人・生活する外国人が接する “日本人側 ”がなにか変わらなくちゃいけないのではないかって常々思っていたんです。
そんな中で日本語教育を学んでいると、「やさしい日本語」という考え方に出会いました。「これだ!」と思いました。

 

僕がやさしい日本語に出会った2015年当時は、日本や日本人全体にとってはまだそんなに大きな位置づけではありませんでした。

やさしい日本語は弘前大学の社会言語学の佐藤和之教授が提唱した “減災のための「やさしい日本語」”から始まっています。1995年阪神淡路大震災で外国人住民の被災率が日本人住民より高かった反省から、緊急時により多くの人の命を救う表現方法として、現在に至るまでやさしい日本語は、減災に効果がある極めて重要なものとしてとらえられています。

しかし、逆にみれば日常的に使う場面は想定されておらず、また、日本語教育ではなく社会言語学の領域から始まったことから、提言された当初は日本語教育関係者にはあまり注目されませんでした。

その後21世紀に入ってから、日系ブラジル人など定住外国人が各地で急激に増加し、行政の情報発信や地域社会でのコミュニケーションでいろいろな問題が出てきました。これを受けて日本語教育や日本語文法研究の第一人者である一橋大学の庵功雄教授が “平時における<やさしい日本語>”という研究領域を立ち上げ、「多文化共生」というテーマで日本語教育関係者がやさしい日本語研究に参加するようになっていきました。

しかし、日本語教師は「外国人」に日本語を教えることが仕事であり、「日本人」や「日本社会」側に視点を向けるという人はそんなに多くありませんでした。2015年に私が周りの日本語教育関係者といろいろ話をしても、やさしい日本語の意義に理解のある人は少なかった印象でした。

 

僕が2014年にフェイスブックで『The 日本語 Learning Community』を立ち上げてから、ずっと彼らが日本で楽しんだり、日本で活躍したりするのを手伝ってきました。その当時は私もキャリアの曲がり角に来ており、会社を辞めて日本語教師になりたいと思ったこともありますが、決断はできませんでした。

しかし、会社の中で「日本語を勉強する外国人のためになる仕事をなにか作りたい」と、ずーっと考えていたんです。それで最初はオンラインで日本語を教えるということにビジネスチャンスを作ろうと思ったんだけど……なかなか難しかったですね。
最大の問題は日本語を学んでいる人の人数がよくわかっていないということでした。
国際交流基金の海外日本語教育機関調査では世界中の日本語学習者数が400万人を超えたことはありません。これは日本語を教えるクラスのある教育機関に在籍している人を足し上げるという統計であり、卒業してしまった人や、オンラインなどで独学している人は入っていないという数字です。この数字があまりに小さすぎるため、どんな企画を書いても社内で市場規模を立証することができませんでした。

 

それで視点をガラッと変えて、初心者でも日本で日本語の会話を楽しめ、生活できるように、「1億2000万人いる日本人相手にやさしい日本語を普及する」ことなら、市場としてこれ以上ない大きさになるのではないか」と思ったんです。
それで当時、国や自治体すべてが取り組んでいた『インバウンド観光客』に目をつけて、彼らに「やさしい日本語を使っておもてなしする教育プログラムを提供する」という企画書を書いて周囲に提案したんです。

でも仕事は組織対応が前提ですし、提案するにも先にお金がかかるし。そもそも「俺の知ってる外国人は全員英語しゃべるぞ」という話で全否定されることも多かったです。汐留のサラリーマンはそうなんです。

――そういう業界で働く外国人は英語をしゃべれる方が多そうですもんね。

そんなふうにまったく相手にされない中で、「だったら自分の故郷で、自腹と有給を使って実現してやろう」ということで、2015年5月ぐらいに僕が福岡県の柳川市に提案をしたんです。
そしたら8月くらいに向こうの方から、国の予算をぜひ取りたいので協力してほしいとお話をいただきました。そしてついに国の交付金を獲得することになりました。当時僕は全然関係ない部署にいたんですけど、柳川市が実施を決めた以上やらなきゃいけないと、会社としても取り組みが始まったんです。

本当に柳川市のおかげでこの仕事が始まったってことですね。

――社内で後押しがあったとかじゃなくて、逆だったってことですか?

現在は理解も進んできてますけど、当時は全くなかったです。

ダンクさんも電通も、やっぱり日本語で商売してるところがあると思うんですけど、
やさしい日本語の場合、いままでの「いい原稿を作る」みたいなこととは全く違うロジックを求められるじゃないですか。

――たしかに。

なので現在も、行政などの情報発信という観点ではすごく意味があるんですけど、民間企業が発信する情報でやさしい日本語を含む多言語化をどのような形で実現していくかは、これからの話です。だから今はやっと社内でも「理解者が増えてきた」ってレベルですね。

――弊社が最初に吉開さんに講演を依頼した時(2018年1月)は我々ダンクもやさしい日本語を知りたてでしたから、どれだけ普及してるものかまったく分かりませんでしたね。ただ「非常にニッチなことなんだな」ってことだけは理解できたというか。いろいろわかるまで相当大変だったのを思い出します。

 

やさしい日本語に一つだけの答えはない

――吉開さんは様々なところで講演をやったり、『やさ日ライブ』(「やさしい日本語」や周辺領域に詳しい方々を招いてのトーク配信番組)とかもやったりしてらっしゃいますけど、そうしたいろんな普及活動の中で、一貫して常に意識していることとかってありますか?

まず僕が自分の会社にいながらこの仕事ができてるのは、日本語教育界の方々に恩があります。
2010年に40歳で『日本語教育能力検定試験』に合格し、日本語教育の仲間入りができるということで、それ以降、いろんな方々にお会いして知見を深めてきました。
僕がやさしい日本語でいろいろやっていく時でも、「吉開は電通の社員だけれども、検定に合格している」「日本語教育の素養がある」というふうに認めてくれたから、ここまで来れたと思ってるんです。日本語教師養成講座の最大手であるヒューマンアカデミーさんに評価していただき、最初の3年間スポンサーしていただいたことも、大変大きかったです。

ですから僕が意識しているのは、まず第一に、「日本語教育の社会的地位の向上」なんです。
やさしい日本語というのは、日本語教師の活躍の場であるということを常に主張しています。

一般の人が「どんな表現がやさしいか?」という時に、こういえばやさしいというのはあんまり当たってないことも多いんです。例えば「カラカラ」や「べとべと」のようなオノマトペ(擬音語・擬態語)のように、母語として小さい頃に使ってた言葉とかを言っても外国人には難しかったりします。やはり日本語を客観視できる日本語教師の素養が必要だと思います。

――日本語教育業界への恩返しの意味もあるんですね。

はい、そうです。
一方で常に言っていかなければいけないのは、「やさしい日本語の答えは一つじゃない』ということです。

「このように言い換えれば、だれにでも伝わる」というような魔法の表現は存在しません。本来、相手の日本語のレベルを判断してから語彙を調整しなければいけません。しかしとても話が上手な人が、すべてのことを聞き取ったり理解できているとは限りませんし、全然話せない人が実は聞く方は得意だったりすることもあります。対面コミュニケーションでやさしい日本語を実践するのは、実は極めて高度なことなのです。

しかし、現実に社会の情報を今よりもやさしい日本語で提供するためには、現実的なガイドラインを設定することになります。「書き換え」は事前に準備できる分、ガイドラインを定めることで、効率的に対応できます。

その際はもっぱら外国人が学ぶ日本語教科書の順番に沿って、何かしらのガイドラインを決めていくのが妥当です。ですからその分野の専門家がやるべきです。

僕は日本語教育の研究者ではありませんので、そのようなガイドラインづくりにたずさわる立場ではないと自覚しています。僕の役割は1対1での「コミュニケーション」でどう心がければいいのかを広めることだと考えています。

そうすると必然的に「答えはない」ってことになる。ただそれでも、答えはなくてもやっぱりコツはあるだろうということで、『ワセダ式ハサミの法則』(「ハ:はっきり言う」「サ:最後まで言う」「ミ:短く言う」を基本とし、さらに「短く言う」を「ワ:分けて言う」「セ:整理して言う」「ダ:大胆に言う」に細分化)という、心がけのフレームワークを作りました。
簡単に言えば「長い文章よりも短くした方が分かりやすい」って。……これくらいはさすがに僕レベルでも言ってもいいだろうと思いまして(笑)。
僕のやっていることは「一文を短く言う」ことを広めているだけだと言ってもいいぐらいです。

――「やさしい日本語」って、その外国語の文や単語と簡単にイコールで結べるものではないですもんね。

ええ。それと、「やさしい日本語さえやっとけば、他の外国語に翻訳しなくていいんだよね」という自治体さんもよくいたりするんです。
多言語対応するには非常にコストがかかるのは事実ですが、「やさしい日本語だけやってればいい」って考え方もまた違うと思います。

そういった意味で、
『やさしい日本語の言い方に、ひとつだけの答えはない』という考え方に加えて
『やさしい日本語は多言語対応に代わる答えではない』という考え方が重要です。
やっぱり多言語対応が求められていることである、ということです。

 

――でも実際に通訳者の方がきちっといればいいですけど、百何十か国の人の分だけ通訳者を用意するのは難しいですよね。だから私(森)は日本語を日本語に置き換えて、日本語でしゃべるっていうのは衝撃的だったんですが……。

やさしい日本語の最初の壁は、社内で僕も言われたんですけど、「これ日本語を少しでもわかるやつじゃないとダメなんだろ?」ということでした。

いま皮肉なことにインバウンド客は激減してしまいましたが、国内の外国人の88%が日本語で少なくとも会話はできる、という入管庁の調査(※)も出てきました。
つまり日本国内においてはほぼやさしい日本語なら通じる、と言っても過言でない状態になったということです。(※入管庁発表「令和2年度在留外国人に対する基礎調査報告書)

ただそれでもやっぱり、「日本語がまったくできない」って人にはどうするの?という問いには僕もなかなか答えがなかったんです。
でも2017年ぐらいからAI翻訳にすごく可能性が出てきて。
それは当時東京都庁の職員で、今はオリパラ組織委員会にいらっしゃる萩元直樹さんとの出会いも大きくって、「そうか、AI翻訳を活用する手はあるよね」と思ったんです。

吉開章 やさしい日本語一般的な翻訳のイメージだと、英語の翻訳を完璧にするのがいいですよね。「英語を勉強しなくてもいい」という日本人の夢もあるから(笑)。そうなると、AIも[日⇔英]だけをひたすら賢くすればいいわけです。
でもすべての言語でAI翻訳を賢くするのは限界があるんですよ、言語によって対訳データの充実度にムラがあるから。国際会議とか、企業同士の交渉場面では[日⇔英]があれば十分でしょう。違う言語間の契約書は、英文のものを作成して交わすことがほとんどです。ビジネスの場では、双方の誰かが英語に堪能だったり、プロの通訳をつけたりすることが前提になっています。

しかし、日本に住む外国人に対して同じことを求めることはできません。その外国人が英語ができるとか、本人の負担で通訳を雇ってもらうという前提に立つことは、少なくとも住民なら国籍を問わず等しく行政サービスを受ける権利のある地方自治体では、あってはならないことです。だから、いま日本で必要なのは、行政サービスを受けるために用意される「コミュニティ通訳」です。

そう考えると、“日本語ゼロ” の外国人には、AI翻訳を活用することが有効です。
AIって単語レベルの辞書なら僕らよりもはるかに持ってますから。
でも、会話やだらだらした文章だとトンチンカンな翻訳を出すこともいっぱいありますので、現場担当者がまずやさしい日本語に書き換え、それをAIで自動翻訳するといい翻訳結果になることが多いのです。

 

やさしい日本語  × AI翻訳

――その、AI翻訳でやさしい日本語を活用するっていうのを聞いた時には驚きました。

偉い人が海外の人と話すときには、職業としての「通訳者」をつけます。偉い人は、どんなことを話しても通訳者が通訳してくれると思っていますので、通訳のことなど何も気にせず話します。わかりにくいことをわかりにくいまま翻訳するのが正しいのか、わかりにくいことを要約してわかりやすくして話す方が正しいのか、実は通訳者の職業倫理的には難しいんです。

ところが、そのAI翻訳ツールやAI翻訳アプリというのは、「わかんないものはわかんない」って、勝手に解釈してドライに吐き出すんです。空気を読まないし、直前に翻訳してたことはすぐ忘れます。
例えば、『彼は山田さんです。会社員です。横浜から来ました』というのをAI翻訳すると、2番目の『会社員です。』からは“I came from Yokohama”と、主語が「私」になっちゃうんです。

でも僕がここでAI翻訳がイケると思ったのは、AI翻訳の発展を待つのではなくて、AI翻訳に合わせた話し方をこちらができるようになれば、それは結果的にやさしい日本語の話し方の練習になるだろうと。

――練習に、ですか?

外国人相手にやさしい日本語を話しても、相手がわかったかどうかを検証するのは非常に難しいんです。だって、「わかりましたか?」って聞くと大抵「わかりました」って答えちゃうに決まってますから。

でも「逆翻訳機能」がついているAI翻訳ツールを使うとかなり練習になるんです。「逆翻訳」とは、入力した日本語を翻訳した結果を、もう一度日本語に翻訳してみる機能です。入力結果と逆翻訳結果が合っていれば必ず大丈夫とは言えませんが、逆翻訳がものすごく間違えていた場合は、外国語での翻訳結果が間違えているのはほぼ確かです。その検証作業がやさしい日本語の練習にもなるんです。

――あぁ、なるほど。

ただ注意すべきところは、AI翻訳向けのやさしい日本語って、これまでの外国人日本語学習者向けのやさしい日本語とは重なる部分もあるけれど、違う部分もあるんです。例えば「彼は娘が大学に合格した」のような文章は、合格した主語を「彼」と間違えて翻訳することがあります。このような話し方をしても、日本語を学んでいる外国人には正しく理解されることも多いです。

このように外国人の日本語の間違え方とはちょっと違う部分もあるんです。電通ではこれを『AIやさしい日本語®』と呼ぶことにしています。僕はIT関連の仕事を長くしてきましたし、コンピューターも得意なので、この分野はやってみたいなと思っています。

――でもAIって学習機能があるので、通常の我々が使っている日本語で翻訳することによって難しい日本語を覚えて、翻訳精度が上がるとかってことはないんですか?

AIで将棋はものすごく発展しました。プロ棋士も今はAIを参考にしているほどです。将棋のルールを入れれば、後は人間がいなくてもコンピューターが勝手に(将棋を)指すことができるから、自分の中だけで対局して、膨大なデータを自分で作ることができるので、急速に強くなることができました。

これをAI翻訳に当てはめると、言語Aと言語Bの、この文とこの文が同じ意味という組み合わせをひたすらデータに入れるのが、いわゆる「AI翻訳の学習」になります。しかし、この文とこの文が同じ意味だということは、どちらの言語にも詳しい「人間」がチェックしなければダメなんです。だから将棋があっという間に人間を超えたような効率で、言語翻訳が発展することはありません。
さらには、「文脈」、すなわち書かれていない情報で意味が決まることもAI翻訳にとっての大きな壁です。例えば『これ大丈夫です』は「OK」と、「No Thank you」という意味があります。そもそも異言語の2文の意味が完全に一致するという方が珍しいと言えます。

また、最近のAI技術では「教師なし学習」という手法があります。チェスや碁・将棋ではかつて強い人が使っていた戦法(定跡)を基本ロジックに組み入れていたものが主流でしたが、Googleの関連企業であるDeepMindが開発した「Alpha Zero」は、人間の知恵は一切使わず、プログラムの中で対局させた膨大なデータをもとにしており、それがそれまでの最強のプログラムよりも圧倒的な強さを見せたという衝撃的な結果となりました。
このことから、同じように膨大なデータが必要になる翻訳の世界も、あまり考えずデータを徹底的に増やしていくという方向になってきています。

文法を考慮する場合、例えば『彼は私をたたいた』って言葉があったとして、「彼」という単語の部分は、僕らなら「彼」ではなくて「私」でも「あなた」でも「彼女」でもいいわけです。ところが教師なしの学習では、文法はあまり関係なくて、あらゆる人(言葉)の組み合わせをあらかじめ入れてる方がいいという考え方になります。

――それは大変ですね。

理屈じゃなくて組み合わせで判断する。これがAIの不思議なところでして……

例えば、「お手洗はどこにありますか」という日本文をGoogle翻訳で入力した結果は以下の通り正しく翻訳しています。

 

 

ところが「お手洗」を「御手洗」で入力すると、「みたらい」さんという人名・地名と判断しています。

 

 

僕の推測ですが、「御手洗はどこにありますか?」という言葉と「Where is the washroom?」という文の組み合わせデータが存在していなかったため、「御手洗」という部分を後から単独に翻訳し、「みたらい」という人名または地名の固有名詞だと扱ったのだと思います。データを入力するときには漢字の読み方までは考慮されないことも多いと思いますので、このような混乱は今後も続くと思います。

――組み合わせで判断してるんですね。

ええ。ですからいかにあらゆる組み合わせを網羅したデータを食わせるかが大事になります。
しかし、「完全に一致する」データだけでも網羅するのは大変なのに、「だいたい一致するが、文脈による」場合などをどう扱うかも課題になります。

英語は、契約書の対訳や、翻訳本や映画の字幕など世の中にいままでの莫大な対訳データがあるわけで、それらを利用して作っています。
ところが、ビルマ語と日本語だと、そこまでは対訳データはないわけです。だから、すべての言語でAI翻訳が英語並みになるなんてことは、今後もおそらくないんです。

――希少言語とか、気が遠くなりますね。

聞いたところによると、国産の翻訳エンジンは英語を中間に置かないで、すべて日本語とその言語で、データを一対一でぶつけてるんです。
なので理論的にはすごくデータ量が増えれば、非常にいい精度になることは間違いありません。でもそれは、莫大なお金をかけて作るしかないんです。

ですから、英語以外の言語でも、現状の技術の範囲でできるだけ活用していこうという考え方として『AIやさしい日本語®』に取り組もうとしています。

 

場面によっても言語にはムラがある

吉開章 やさしい日本語普通に生活するうえで使うボキャブラリーって何千語かに限られているわけですけど、広辞苑に載っているような単語ってもっといっぱいあるわけじゃないですか。
それを訳したものを全部英語で覚えろというのが「受験」なわけで、実際はそこまでやる必要ないんですよ。生活上の翻訳では。行政サービスを受ける時の用語とかは、ちゃんと精度の高い翻訳をしなきゃいけないんですけど、ニーチェの哲学とかそんなものを翻訳する必要はないわけです。

100点目指すための勉強ではなくて、8割くらいだったら今すぐ始められるのではないの?というのもあって……生活レベルなら8割もいらないかもしれないです。

 

――気をつけなきゃいけないのは、医療とか防災ですよね。
その残り20%の間違いが人命にかかわってたりしちゃうと大変なので、やさしい日本語でその20%を極力減らしていくっていう“配慮”が必要だと私は思いますが……。

基本的には、単語の辞書はいくらでも世の中にデータがあるわけです。いまおっしゃってる専門用語を翻訳するのは、むしろ簡単にできる事です。AI翻訳を使う上で、入力する名詞などはあまり言い換えなくてもいいんです。例えば『糖尿病』なんて、AI翻訳を辞書として使えばいいわけです。

――それを やさしい日本語 にする必要はないってことですね。

そうです。
でもたとえば、「甘いものをやめないと、糖尿病が悪化しますよ」というときは、「甘いものは食べないでください。あなたの糖尿病が悪くなります。」みたいに言い換えた方が翻訳結果が向上することは、容易に想像できることです。

――それを聞くと、『AIやさしい日本語®』ってホントに『ワセダ式ハサミの法則』をフル活用した言い方ですね。

 

聴覚障がい者 と やさしい日本語

――吉開さんの著書『入門・やさしい日本語』の中に、

ろうの方(生まれつき耳が聞こえない方)のお話が出てきますよね?

2018年の講演の時にはもうすでにお話されてて、当時の私も『やさしい日本語は外国人に対するもの』って思ってましたから、それを聞いたときにカルチャーショックだったんですよ。
外国人だけではない方たちで「やさしい日本語」を必要としている方の現状って、どんな感じなんですか?

聴覚障がいに関しては、『入門・やさしい日本語』の本を出してやっとロジックが完成されたと思っています。
もともとろうの方の話というのは、日本語教育の考えです。

生まれつき耳が聞こえない彼らは独自の文法を持つ『日本手話』を母語としていて(※)、「日本語を日本の第二言語として学ぶ日本人がいる」というのに僕は非常に衝撃を受けたんです。(※手話にはほかに、日本語に則した文法の『日本語対応手話』があります。途中で聴覚を失った方はこちらを使うことが多いようです)

一方で、外国人のためにやさしい日本語を話しましょうという動きが、最近の海外人材の獲得などいろんな思惑の中で追い風に変わってきました。その中で、耳が聞こえない人たちも同じ事情なんです、外国人と同じように「てにをは」を間違えたりすることがあるんです、ということを伝えてきました。

このろう者と外国人が言語的に似ている立場という話は、講演では非常に好評です。
でも一時、それはあんまりやさしい日本語では解決してないかもなぁと思ったんです。
ろうの方が必要としているのはやっぱり「手話」で、それには通訳がやっぱり必要ですからね…

――なるほど……。

実は、日常的に『日本手話』を使っているろうの方というのは決して多くないんです。

というのも、手話は約130年間、世界的にろう教育から禁止されてきたんです。
当時の価値観ではしょうがないのかもしれないですが、手話が言語だという理解がまったくなくて、「彼らを社会に参画させるには、とにかく言葉(日本語)を使えるようにさせなくちゃいけない」と考えたんです。

1960年代くらいからやっと「手話も言語なのでは?」と問題提起され、そこからさらに50年くらい(※)かかって、手話が言語となって教育に戻ってきたという不幸な歴史があるんです。(※文部科学省が手話をろう学校のコミュニケーションとして明記したのは2009年)

吉開章 やさしい日本語だから現在でも、『聴覚口話法』という、補聴器や人工内耳で音をブーストして残存聴覚も使いつつ、相手の人の唇を見ながら日本語を理解している方が多いのです。中途失聴の方もこのタイプの方が多く、手話は補助的な役割となります。
それを知って、この人たちに対しては “はっきり・最後まで・短く言う” という方法は当てはまるんだろうと思ったんです。

それで初めて、「聴覚障がい者にやさしい日本語が有効である」ということがつながりました。

世の中にある普通の情報を、外国人にも聴覚障がい者にも、視覚障がい者にも、知的障がいのある方にも伝えることができる、『情報保障』社会へのヒントとして、やさしい日本語があるのではないかと思うんです。

僕の方向性として広告会社(電通)にいながらそういう考えで取り組むというのは、むしろ本業に近くなってきたという感じはしますね。

 

やさしい日本語 は『情報伝達のiPS細胞』

最近、やさしい日本語ってiPS細胞に似てるのではないかと思ってるんです。
iPS細胞って、髪の毛とか皮膚とか、ある形になりきってしまった細胞から、特殊な技術によって何にでも変化できる細胞に戻していくんです。ある意味、引き算していくわけです。そのような細胞に戻ったら、他のものに変化させることができます。例えば髪の毛からとった細胞を網膜にするとか。
そんな、何にでも変化できる、原点みたいな細胞がiPS細胞なんです。

で、やさしい日本語というのは、言いたいことの、情報の原点みたいなもので、
そこまで持ってくれば、それを自動翻訳で何語にでもできるし、音声読み上げも簡単にできるかもしれない。
いろんな形で表現を変えられるんです。

――弊社でいえば、それを編集・デザインみたいな感じで変えられるってことですね。

そうですそうです。
だから結局は、「何を言いたいか」というところに注目していけば、誰にでも伝わるものになるわけです。

 

 

 

<後編では– 『やさしい日本語の意外な弱点』『やさしい日本語普及の仲間を作る』などについて語っていただきます。お楽しみに>

 

 

 

この記事を書いた人

聞き手:
ダンクのやさしい日本語プロジェクト

株式会社ダンク内のプロジェクトチーム。2018年結成。
長年培ってきた総合的な“編集力”を生かし、「やさしい日本語」をより身近なものにすべく活動を続けている。

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坪内著者

構成:
坪内 悟   Satoru TSUBOUCHI

ライター。俳優や放送作家、ラジオパーソナリティ(かわさきFM『平成POPオヤジーズ』放送中)としても活動。

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