医療の世界で「やさしい日本語」を。
やさしいコミュニケーション協会 黒田友子(前編)

やさしいコミュニケーション協会 黒田友子

 

株式会社ダンクが今、チカラを入れているものの1つが、
「やさしい日本語プロジェクト」です。

 

実際にそこにかかわる人びとは やさしい日本語 に対していったいどんな思いを抱いているのでしょうか?

今回は我々「ダンクのやさしい日本語プロジェクト」のアドバイザーでもある、
一般社団法人 やさしいコミュニケーション協会 代表理事の黒田友子さんにお話をうかがいました。

 

 

黒田 友子 (くろだ・ともこ)
一般社団法人 やさしいコミュニケーション協会 代表理事 やさしい日本語アドバイザー/日本語教師

2006年3月大阪外国語大学日本語専攻(ビルマ語専攻語)を卒業。
株式会社EMシステムズにて調剤向けレセプトコンピューターのインストラクターなどを経て、現在は外国人向けプライベート日本語レッスンと やさしい日本語アドバイザーとして区役所や民間企業でワークショップの講師を務める。
国立国際医療研究センター国際診療部と共同で、医療者向けの『やさしい日本語(医療)サポーター/インストラクター/トレーナー養成講座』を開発・開催。

「やさしいコミュニケーション協会」公式サイトプロフィールより)

 

※聞き手:ダンクのやさしい日本語プロジェクト メンバー 森 順一郎

森順一郎のインタビューはこちら

 

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未開拓の「やさしい日本語」へ

 

――今日はよろしくお願いします。
まず早速ですが、黒田さんがやさしい日本語に出会ったのはいつ頃なんですか?

2017年ですね。

――じゃあ「ダンクのやさしい日本語プロジェクト」の立ち上げとあまり変わらないんですね。
僕らがアドバイザーとしてお願いしますって言ったのが、2018年の5月だから…

通っていたヒューマンアカデミーの『やさしい日本語指導者養成講座』が終わってすぐでしたね。

 

――そもそも やさしい日本語 に出会ったきっかけは何だったんですか?

2017年にフリーランスの日本語教師をはじめたんですけど、いろんな情報収集をしていく中で、日本語教師師たちが「なかなか日本語で話す環境を得られていない学習者(生徒)がたくさんいる」とか「日本人からも英語で話しかけられてしまう」って話を聞いて、それってもったいないなぁって思ってたんですよ。

日本語を勉強するうえで、“日本語で話したい” っていう気持ちがある人たちが日本語でコミュニケーションをとれていないっていう現状をどうにか変えられないかなって思いがありました。

で、そんな時に(やさしい日本語ツーリズム研究会の)吉開章さんのセミナーを聴いたんです。
ちょうど訪日客も多かった時期なので、「やさしい日本語」を観光に使っていこうよっていう吉開さんの提案を見て、あぁ確かにこれも『おもてなし』になるよなぁって思いました。日本語を話したい人が話すことができるし、私たちも外国語を使わずにコミュニケーションがとれるっていうのはイイよね、っていうふうに思ったんです。

そこからですね。「やさしい日本語」って何なんだろうって調べ始めまして。
で、調べれば調べるほど「わかるわぁ~」ってことがあって。(一橋大学の)庵先生の やさしい日本語 の本を読んで「私たちが日本語を調整すれば、彼らも分かることが増えるし、私たちも “伝わらない” っていうストレスを減らせるじゃん」って思って。
それで やさしい日本語 をやってみたい!広めたい!って思ったんです。それがきっかけかな。

 

――僕らもきっかけは問い合わせの電話が来て、吉開さんにひっぱってもらってって感じだったんですけど、僕らは会社だから「じゃあ内部でやろうぜ」って声かけるとバッと人が集まったんですよ。
でも独りの黒田さんはどうやって働きかけていったんですか?結構苦労とかあったんじゃないですか?

まずやっぱり、「どう収益化していくのか?」っていうのがすごく難しくて。フリーランスの日本語教師の先生にコンサルティングをしてもらっていたんですけど、「やっぱり需要は少ないよ。自分の経験上、かなり反応は薄いし、『どうして日本人が歩み寄らなきゃいけないの』なんて返されることもしょっちゅうあったよ」って教えてもらったんです。
でも、私は「そうは言っても、必要だと思うんだよなぁ」ってあきらめたくなかったんですよね。

それから外国人が見ると思ったものの書き換えにいろいろチャレンジして。
ある時、観光客向けの『熱中症についての注意書き』をインターネットを見つけたんですけど、それが全部英語で書いてあったんです。でも「熱中症って観光客だけの問題じゃなく、日本に住んでる私たちの問題でもあるからな…」って思って、その注意書きを やさしい日本語 にして、デザインももとのパンフレットに似せて、それをpdfにして事務局さんに送ったんですよ。

……そしたら、「やめてくれ」って怒られました。

――えー!

まぁその理由の1つには「デザインを寄せすぎているので、著作権の問題に引っかかる」ってこともあったんですけど(笑)
無料で差し上げるので、もしよかったら使ってくださいねーっていう感じで送ったんですけどね。

――こっちは親切心だったんですよね。よかったら使ってくださいみたいな。

そう、そういうスタンスで。そしたらめっちゃ拒絶されました(笑)

 

医療の分野で活路が開けた

――それはさすがに凹みますよね。

でもめげずにチャレンジを続けて。
で、ある時、『感染症の注意文』も書き換えました。沖縄で麻しんが流行してる時があったんですけど、麻しんって空気感染する病気ですから、外国人留学生が遊びに行って知らずに感染して持って帰っちゃう、なんてこともあるかなぁと思って、広く知ってもらいたいなって思ったんですよ。
それでその時も「国立研究開発法人国立国際医療研究センター 国際感染症センター国際感染症対策室」が作った日本語版の注意文を やさしい日本語 に書き換えて、「こういう言い方にすると日本語を勉強している人が受け取りやすくなるので、ぜひ使ってください」って送ったんですよ。

それでしばらくしてホームページ見たら、使われてて!!「お、やったー♪」って思いました。

それがきっかけでその後、国立国際医療研究センターに関わってらっしゃった堀 成美さん(現・感染症対策コンサルタント)から連絡がありまして。

「やさしい日本語 を医療者も使えるようにしたいので、一緒に研修プログラムを作りませんか」って連絡を直接もらったんですよ。しかもTwitterで(笑)

 

――いま黒田さんが医療に特化されてるのって、それがきっかけだったんですか?

そうですね。
後から聞いたんですけど、堀さんも大学時代に日本語教師養成課程みたいなのを受講されてたことがあるそうで。
「やさしい日本語 っていいですね。私たちが外国語をマスターするよりずっと早いし……実は看護師の人って英語がすごい苦手で医者にならなかった人もいるの。それなのにいまから英語を覚えろって言われてもモチベーションあがらない人が多いのよね」なんてナイショの話も教えてくれました。
それで やさしい日本語 を取り入れてみようかって思ってくれたって。

 

医療の世界で やさしい日本語 を使う注意点

――やっぱり医療の世界って、命に係わるシーンがあるじゃないですか、そこに対しての不安はありませんでしたか?

はい。あります。でも、やさしい日本語 が、必要不可欠な場面だと感じています。

外国人とコミュニケーションをとるうえで、堀さんは医療従事者の方々に向かってよく、「やさしい日本語 と機械翻訳と医療通訳をどう使い分けていくのかっていうのを院内で決めてほしい」っていう話をされるんですね。 やさしい日本語 だけではやはり不足するところが出るので…

医療の現場では患者さんの状態とか、身体のこと、アレルギーのこととか、病歴とかやっぱりいろんなことを聞いてジャッジを下さなければいけないことがあるので、そういう判断に必要な材料を引っ張り出さなきゃいけない。そういう意味では外国人(患者)とのコミュニケーションは絶対必要になるから、じゃあそのコミュニケーションをどう円滑にして、豊かにすれば、必要な情報が伝えられたり、受け取れたりするんだろう…っていうところですよね。
で、その時にいろんなツールがあるので、そのシーンや使い方を院内で話し合ってほしいと。

――医療用に特化した翻訳タブレットとかもあるじゃないですか?

はい。ありますね。受講生などのお話を聞いていると、うまく使いこなせていない様子です。
逆翻訳機能でさえ、ない場合もありますから。

だから「道案内とか、多少間違ってもかまわない範囲で機械翻訳を使うのはいいと思います」っていうのは堀さんもおっしゃっていますね。

 

逆に、インフォームドコンセント、つまり患者さんに病状の説明とか余命の話をしていく時って絶対に間違えられないじゃないですか。なのにそこに機械翻訳を使ったら、真逆の翻訳結果が出てしまったことが実際にあったそうで。「あと半年の余命がありますよ」って伝えたかったのに、「もういくばくもありません」みたいな訳になっちゃったらしいんですよ。

そうなると、患者さんの心情的にもよくないし、間違っているわけだから裁判にもなりかねない問題になってくるので…「インフォームドコンセントでは使わないでほしい」と堀さんはおっしゃってますね。

――なるほど。

どのレベルまでこれでやり取りすればいいのかは、使用感とか、必要な言語などをもとに院内で決めていくのがいいです。
タブレットでできること以上に外国語対応が必要であれば、「医療通訳」を確保することなどを検討しないといけませんね。

――もちろんその道のプロに頼むのが一番いいんですけど…それが難しいですよね。医療通訳なんていったらコストの問題、手配の問題、人数の問題なんかがあるから、いろんなものを並行して使わないと対応できないから。

結局、医療通訳さんをどう選ぶかっていうのもすごく難しいそうで、その人がどんなスキルを持っているのか、どんなご経験を持って医療通訳として仕事されているのか、など医療通訳ひとつとってもいろんな課題があるそうで。

たとえば「地域性」もすごく影響があって、東京にはいっぱいいるけど、地方だと全然確保できないとか。

 

――やさしい日本語 ・医療通訳・機械翻訳のタブレットがあって、実際にこれらを使った時の医療従事者や患者さんの感想とかってどうなんですかね?

機械通訳は学会でも誤訳の研究をされている医療機関などの発表を聞いたことがあるんですが、短くて簡単なやりとりに使用できそうだと話していました。同音異義語のある「いし」という音は「石」に訳されてしまったという事例も目にしました。

外国人が英語が話せないっていう悩みを身内の医師から聞いたことがあります。ベトナム人の患者が増加しているそうで、英語でコミュニケーションをとりたいと思っていたけど実際には通じなかったそうです。
で、私が「日本語はどうなの?」って聞くと「日本語はちょっと話せるみたい」って言うから、「じゃあ やさしい日本語 を使ってください」って勧めるんです(笑)

実際、私が研修をする中で、保健師さんとか看護師さんと多く関わるんですけど、保健師さんからは やさしい日本語 にすることで、いままで得られなかった情報をフカボリできるようになったって聞きます。

 

医療現場に やさしい日本語 を根付かせるために

――医療従事者に やさしい日本語 をちゃんと教えられるような「人」と「環境」が、黒田さんの活動を通じて広がればすごくいいですよね。

でも医療の方々に教えるのも大変じゃないですか?

はい。大変じゃないとは言い切れませんが、とてもやりがいがあります。
何が大変なのかというと、私のような医療従事者ではない一般人の認識と医療者との認識に違いがあったりするんです。
医療者じゃないと気づけないことがあるんですね。

例えば「頭が痛い」って言われたときに、頭を殴られたような痛みなのか、ただズキズキするのかを聞きたくなることがあるそうなんですね。なんの病気なのかを切り分けるために、知りたいとお話しされていました。
患者さんに聞くときに「頭痛いですか?ズキズキするような痛みですか?それとも殴られたような痛みですか?」って、比較がしたいからオノマトペを使っちゃうんですって。 やさしい日本語 はオノマトペを避けたいですから、その代わりにどうやってわかりやすく表現するか?っていうのが議論になったりするんですね。

――そこが一番課題ですね。

その微妙なニュアンスって困りますよね。『ズキズキ』とか『シクシク』とか『チクチク』とか。
でも「それはオノマトペなので伝わりにくいですよ。」と伝えています。実際私たち日本人同士でも感じ方は違うかもしれませんよね。

 

あとは言葉自体でも、医療業界だと「一般人の私の言葉の定義」と、「医療従事者の方の言葉の定義」にズレがあるのはすごく難しいなと思いますね。

堀さんがどうして医療従事者の中に やさしい日本語 を扱える人材を育てていきたいのかって思ってる根拠はそこにあると思ってて。
日本語教師の私がやさしくできる限界というか、定義として間違いではないレベルでやさしくできることには限界がやっぱり出てくる。
だから、その医療という分野に特化してる人たちがこの範囲だったら間違いじゃないっていう範囲の中で、それをやさしくしていく、やさしくしていける人を育てる、っていうのが大事だと。それが必要な業界なんだろうなと思います。

――そのためには医療従事者のリーダーとなる人がまず、 やさしい日本語 を吸収して、それを現場に落としていく。その現場の人を見て、「そこはもうちょっとこうしたほうがいいよ」とかアドバイスが出せる。でもやっぱり通じないってことはしょっちゅう起こると思うので、「それはちょっと難しい言葉だから、こっちにして伝えてみたらどうかな?」とか、そういうのが伝えられる人を作っていかなきゃいけないかなってことですね。

職員全員が同じ早さで やさしい日本語 のレベルを上げるのって、すごく難しいと思うんです。時間がない、忙しいっていうのがあると思うから、それをリーダーを作ることによって、30分くらいの「気軽に現場でできる研修」を繰り返しおこなっていってコミュニケーション能力を向上させていく。

 やさしい日本語 は一朝一夕でマスターできる言葉ではないと私は思っているので、長期的に支援ができる人を養成することが大切だと思っています。

 

 

高齢者と「やさしい日本語」の可能性

――よく「やさしい日本語 は、高齢者の方や障がい者の方に有効なのではないか」って話が上がりますけど、実際どうなんですかね?

高齢者とのコミュニケーションにも役立つって声は本当に医療現場からたくさん上がってきています。看護師さんからもslackなんかで「黒田さん、高齢者の方にめっちゃ使えますよ!」ってDMを直接いただきますし。
ゆっくり話すとよかったとか、あと1文が短いことで理解してもらえるようになったとか、結論を先に話すとか、そういった短いセンテンスでのコミュニケーションが役に立つみたいです。

――意外に僕らとしてはなかなかピンとこなくて…。高齢でも、介護施設にいる方や病院にいる方と、普通に生活している方とでは違うんでしょうね。うちの親なんかも普通に暮らせてるから、たぶん やさしい日本語 は全然必要ないから。だから「高齢者に必要ですよ!」ってひとくくりに言ってしまうと、ひょっとしたら怒る高齢の方もいらっしゃるかもしれない。

確かに全員を指し示すと、失礼に感じる人もいるでしょうね。

――だから「高齢者に有効です」って一概に言い切れないところがあって。「病院」とか限定もしづらいだろうから、それが課題だなと思ってたんですよね。

うちの六車(黒田さんが代表理事を務める「一般社団法人 やさしいコミュニケーション協会」の理事の六車彩子さん)も在宅医療にかかわってるんですけど、彼女の話を聞くと、在宅医療を必要とするような認知症の方には有効なのかなってとらえていて。やっぱり「言った・言わない」なんてこともしょっちゅう起こるし、割とミスコミュニケーションが発生しやすいとは六車も言ってますね。

――なるほど。

私も訪問看護師の皆さんに やさしい日本語 の話をさせてもらう機会があって『高齢者の抱えている困難』についてちょっと調べたんですけど…それに外国人との共通点が見いだせれば「これが応用できます」って言いやすくなるかなと思って。

すると57項目の困難を高齢者の皆さんは抱えて生活しているっていう一覧(日本能率協会総合研究所「高齢者未充足ニーズ調査 2019年」より)が出てきたんです。
その中に「長い文章を耳で聞いてその聞いたことを理解するっていうのが若いころよりも“スピードとして”難しくなってきているから、「長い文章を耳で聞いて、理解することが難しくなる」っていう困難があって、私たちもあまりに長い文章は思考停止しちゃいますが、お年寄りの場合は、聞いているうちに最初に言っていたことを忘れてしまうようです。

――だからこちらが「1文を短く」とか配慮して、向こうの理解が進むといいですよね。

そうそう。やっぱり短くすることで聞く文章自体が短くなるので、それで理解がしやすくなるってことなんじゃないかなって思うんですよね。
そういうところは、日本語を学んでいる人と似ているところかなって。

それをもとに「高齢者が抱えている困難と外国人が日本語を学ぶときに苦労しているところは、共通点があります。」とお話しして、「だから やさしい日本語 を学んでみませんか?」という提案をすることができました。

 

ただ実際に「高齢者に使う やさしい日本語」の質っていうのは「外国人に使う やさしい日本語」とは根本的には違うところもあって……初級の外国人に合わせる必要はないですからね、母語話者だから。
なので、2つのレベルの やさしい日本語 のうち、1つ目の日本人や上級レベルの日本語学習者にとってわかりやすいレベルの やさしい日本語 を使いつつ、1文を短くしてあげる。あとは聞き取りやすい明瞭な声でコミュニケーションをとっていくことが、高齢者には有効なのかなってなんとなく思ってますね。
これは話し言葉の場合ですけど、書く場合も短くて、文字が大きいほうがいいでしょうね。見えづらくなってるでしょうし。高齢者だとまた気をつけなくちゃいけないところが変わると思います。

(※編集部注:1つ目のレベルの「やさしい日本語」とは、日本人にもわかりやすいように編集された文章のこと。2つ目のレベルは、それをさらに外国人にもわかりやすいように書き換えた文章のこと)

 

――「話す」・「書く」っていろんな角度から見ていかなきゃいけないんでしょうけどね。
やさしい日本語 で高齢者にも伝わるのが、いろんなところで証明できてるっていうのはうれしいことではありますね。

やさしい日本語 の可能性を感じますよね。

 

 

 

<後編では-- 「やさしい日本語とデザイン」「民間企業のやさしい日本語」
「やさしい日本語訓練の重要性」などについて語っていただきます。お楽しみに>

 

 

この記事を書いた人

聞き手:
ダンクのやさしい日本語プロジェクト

株式会社ダンク内のプロジェクトチーム。2018年結成。
長年培ってきた総合的な“編集力”を生かし、「やさしい日本語」をより身近なものにすべく活動を続けている。

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坪内著者

構成:
坪内 悟   Satoru TSUBOUCHI

ライター。俳優や放送作家、ラジオパーソナリティ(かわさきFM『平成POPオヤジーズ』放送中)としても活動。

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