日本は多文化共生のインフラを作り出せるか
東海大学教養学部 万城目 正雄 (前編)
2008年をピークに総人口が減少に転じ、本格的な人口減少社会に突入した日本。様々な弊害が話題になるなか、とりわけ大きく取り上げられるのが生産年齢人口の減少です。こうしたなか国も外国人労働者の受け入れ政策を加速しています。
2017年に技能実習法が施行され、18年12月には入管法が改正され、19年4月から施行されるなど、いよいよ日本も実質的に移民国家にシフトしていくのかと感慨深かったり、緊張したり……。
やさしい日本語の普及を後押しさせていただいているダンクグループとしても、期待する部分が大きいのですが、これまで移民については閉鎖的だった日本が、果たして移民先進国のような多文化共生社会になっていくのか気になるところ。
そこで、日本における外国人材の受け入れと対外経済政策に詳しい東海大学教養学部准教授の万城目正雄先生に、日本の外国人労働者受け入れの現状と課題、そしてめざす多文化共生社会に向けてどのような取り組みをしていくべきか、お話をうかがいました。
万城目 正雄 (まんじょうめ・まさお)
東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程准教授
国際研修協力機構勤務を経て、2016年4月より現職。専門は国際経済学。フィールドワークと関連データを中心に、外国人を送り出すアジア諸国の事情と日本の中小製造業、農業、地域社会の問題を調査研究。技能実習、特定技能などの外国人材受け入れ政策についても詳しく、メディアでも発言が取り上げられている。政府の審議会などで委員等も務める。
※聞き手:ダンクのやさしい日本語プロジェクト メンバー 桑島浩・池田宏貴
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――まず簡単に万城目先生の経歴とご専門の話をお聞かせください。
私は 5年前に東海大学に移ってきたのですが、それまで国際研修協力機構という組織に20年くらい勤めていました。
――そうなんですか。
はい。1980年代後半に、日本にたくさんの外国人労働者がやってくるようになりました。バブル景気に沸いていた当時の日本では、人手不足が深刻になり、外国人の不法就労者の増加が社会問題になっていたことを覚えている方も多いと思います。あわせて、当時の経済情勢を振り返ると、プラザ合意による円高・ドル安を契機に、多くの日本企業がアジアに進出し、現地での生産を拡大した時期でもありました。
日本企業が進出したアジアでは、現地生産と地域の発展を担う人材を育成することが、経済大国となった日本の役割としても、求められるようになりました。つまり、日本国内では人手不足対策、アジアでは人材を育成するニーズが高まったのです。
この2つの課題を同時に解決する方法として、アジアの若者を日本の民間企業に一定期間、受け入れて、生産現場で研修・実習を実施しようという制度がスタートしました。すなわち民間ベースによる外国人の研修生・技能実習生の受け入れです。この制度を円滑に運営するために政府と経済界が設立した機関が国際研修協力機構であったのです。
そこで私は、アジアの政府等と協議する場に参加したり、国内では外国人の受け入れを行う団体や企業への助言・指導、政府からの委託による国内外での調査研究なども担当していました。外国人と受け入れ先の企業との間でトラブルがあった時には、その解決のために現場に駆けつけて対応するといったことも何度もありました。
そういった経験をもとに学生時代に勉強していた国際経済学の研究への関心を高めていったのです。国際経済学というと従来は国際貿易や国際金融が主なテーマとなっていました。私は、モノと金だけじゃなくて、21世紀に入り活発になった国際的な人の移動という要素を分析の対象に加えたアプローチで経済の問題を考えることを研究テーマとしています。
日本の場合、外国人労働者については、投資家や経営者といったハイクラスの方々をどんどん積極的に受け入れたいと考えているのですが、増えてはいるものの、なかなか進まないという課題を抱えています。
その一方で生産現場を担う労働者の方々をどう受け入れるかというテーマについては、担い手の不足という問題を抱えた中小製造業や農業、建設、介護といった業種にとって、喫緊の課題ともなっています。
国内外の多くの企業を訪問し、政策の現場で実務を担いながら、この問題に関わってきましたので、その経験をもとに分析しようとする点が私の特徴といえるのではないかと思っています。
対GDP比3割の国も。途上国にとって、海外労働者からの送金は経済政策の一部に
――国際経済学に、国際的な人の移動の問題への関心が21世紀になって高まったというのは印象的ですね。
国連が試算したデータをみると、今世紀に入ってから世界的な移民の数が増加していることがわかります。
具体的には、2000年から2020年のわずか20年の間に国際的な移民の数は約1.6倍へと増加しています。その数は、世界人口78億人のうちの2億8000万人。(図表1) 特徴としてあげられるのは、人は、より豊かな国に移動することを伴いながら、国際的な移民が増加してきたということではないかと思います。
2000年の時点では先進国の総人口に占める移民の割合は8.7%でしたが、2020年になると、その割合は12.4%へと上昇しています。ヨーロッパでは、イギリスが13.8%、ドイツでは18.8%となっています。(図表2)
アジア域内では、中東諸国に期限付きの一時的な出稼ぎ労働に行くケースが非常に多いのですが、そのなかで、シンガポール、タイ、マレーシア、日本、韓国、台湾も主要な目的地になっている状況にあります。
――21世紀に入って移民が増えた背景には何があるのですか?
1つはベルリンの壁が崩壊して、東西冷戦の時代が終結するなど、世界の情勢が大きく変化したことが挙げられると思います。特に、その延長線上で経済・社会のグローバル化が加速したことが背景にあるといえるでしょう。さらには、インターネットの普及等の情報通信技術、運輸・交通手段の発展も移民が増加した要因として挙げることができると思います。
また、国や地域、社会のなかで生じている格差の影響も大きいと思います。実際、送り出し国に目を転じると、移民からの海外送金額は、人の移動が活発化した2000年以降、急激に増えています。
先進国から途上国へと向かう資金全体の中で、ODA(政府開発援助)等の公的資金が重要な役割を果たしていますが、資金フローの多くを占めるのは民間資金です。
近年では、民間企業による海外直接投資に加え、移民による海外送金の存在感が高まっています。世界銀行のデータをみると、2019年時点で移民からの海外送金の78%が低・中所得国へと流れています。(図表3)
――そんなに?
途上国にとっては労働力を輸出することが重要な経済政策となっているのです。たとえば、フィリピン、バングラデシュ、ベトナム、インドネシア、ネパールなどでは、移民からの海外送金の額が、その国のGDPの中で、大きなウエイトを占めるようになっています。
具体的には、バングラデシュ、ベトナムでは6%くらい、フィリピンは約1割となっています。ネパールにいたってはGDPの3割くらいを占めています。
――GDPの3割となれば、国家予算に迫る規模です。もう国を挙げての産業になっている……。
移民が増えるのは世界的な需要と供給があるからともいえます。たとえば、移民が急増した国の一つに、イギリスを挙げることができます。国連のデータをみると、2000年から2015年の間にイギリスでは、移民の数が倍増しています。
世界で最も移民を受け入れている国はアメリカです。そのアメリカでも2000年から2015年にかけて移民の数が増加しました。(図表4)
で2016年何が起きたかというと…
――ブレグジット!
そうです。2016年6月にEU離脱を決定したイギリスの国民投票、2016年秋のアメリカの大統領選挙で、移民受け入れが争点の一つとなり、いずれの結果も移民反対を訴える意見が国民の支持を集めました。
外国人労働者が少ない日本!
――それでは、日本はどういった位置づけなのですか?
日本は主要な先進国のなかで人口に占める在留外国人の割合がとても低い国であるといえます。
なぜ日本の人口に占める在留外国人の割合が低いのかというと、ヨーロッパとは対照的に、第二次世界大戦後の高度経済成長期の雇用対策として、外国人労働力を受け入れないという方針を採用したことが挙げられると思います。
――ヨーロッパでは戦後の復興を移民が担った部分があったわけですか?
はい。その一方、当時の日本では、地方から都市に、農業部門から工業部門に移動した労働者が、日本の工業化、復興を支えたといえるでしょう。「金の卵」と呼ばれた若者たちが、集団就職列車に乗車して地方から上京し、町工場などで活躍する姿が、映画やドラマ、ドキュメンタリー番組などで描かれているのを見たことがあるという方も多いのではないでしょうか。
――奇跡と呼ばれる戦後の日本経済の復興は、外国人労働者に大きく依存することなく成し遂げたという見方もできるのですね。
しかしその後、1980年代後半のバブル期の好景気の中で、人手不足となり、賃金も高騰しました。バブル景気に沸く日本に、アジア、中東の人たちがやってきたのです。
その頃の日本は外国人労働者を受け入れないという政策を基本としていましたので、不法残留・不法就労する外国人が増加しました。
その数が30万人へと増加するなど、対策が急がれました。様々な議論の積み重ねの中で、1989年に入管法が改正され、1990年に施行されることとなりました。
――先生の前職の国際研修協力機構もそこで設立されたんですね。
はい。1989年の改正入管法では、専門的・技術的な分野の外国人労働者の受け入れを積極的に推進するが、いわゆる単純労働者を受け入れないという方針の下で行われました。その一方で、ブラジルやペルーなどの日系二世・三世の方々には「定住者」の在留資格が付与されることとなりました。定住者は、身分に基づく在留資格となりますので、就労活動、家族帯同も認められます。
それと同時に当時のアジアの情勢も踏まえ、人材育成の一環として研修生、技能実習生の受け入れが拡大されることとなりました。あわせて、不法就労者に対するルールの整備と取締の強化が行われました。
しかし、間もなくバブル経済は崩壊し、日本経済は、90年代初頭から「失われた20年」といわれる景気低迷期を迎えることとなりました。2008年には、リーマンショックといわれる世界金融危機による景気減速も経験しました。その後、2010年代になると、少しずつ景気が回復してきました。人口減少下での景気回復によって、人手不足が経済成長のボトルネックになると考えられるようになり、アベノミクスといわれる経済政策の一環として、外国人材受け入れ拡大政策が推進されることとなりました。その方針が明確に打ち出された2014年以降、政策的な後押しも受けて、外国人労働者が急増したというわけです。
――なるほど。先生は、平成から令和にかけて、外国人受け入れ政策の実務にも携わりながら、日本経済、アジア経済の実情を見てきたということですね。
そういうことになるのかもしれません。戦後の外国人労働者受け入れ政策の歴史を紐解くと、日本は、景気動向と連動しながら、制限的・段階的に外国人労働者に対する門戸を開いてきたことがわかります。
―――その中で、外国人がだんだんと増えてきた。
平成から令和というご指摘がありました。日本に住む外国人の在留者は平成の30年間で3倍になっています。在留外国人が少ないといわれている日本においても、「内なるグローバル化」と社会の「多文化化」が着実に進んでいると思っています。ここ数年、特に急増したのが、外国人労働者です。厚生労働省の調べによると、2020年には172万人に達しています。(図表5)
――それでは、外国人労働者は、どういったところに受け入れられているのですか? やはり中小企業が多いのですか?
外国人を雇用するニーズに関するご質問ですね。厚生労働省の2020年のデータによると、外国人を雇用している事業所の規模の割合は従業員30人未満の事業所が約60%。30から99人が約18%となっています。つまり外国人を雇用している事業所の約8割が100人未満の従業員規模ということになります。産業別では、製造業の占める割合が最も高く、全体の28%を占めています。
――国籍についてはいかがでしょうか?
これまで中国が最も多いといわれていたのですが、2020年に初めてベトナムが中国を上回りました。2020年のデータをみると、ベトナム44万人、中国(香港等を含む)42万人、フィリピン18万人、ブラジル13万人、ネパール10万人、インドネシア5.3万人の順になっています。(図表6)
もはや筆談ではコミュニケートできない……「やさしい日本語」が求められる背景
――東南アジア、南アジアの方々が多いようですが、コミュニケーションはどうされているのでしょうか。やさしい日本語が求められている背景について、どのような意見をお持ちでしょうか。
私は日本語教育やコミュニケーション論の専門家ではないのですが、外国人を雇用している企業の方から、この問題に関する悩みを聞いたり、質問を受けることがよくあります。
中国人の皆さんとは、コミュニケーションがとりやすかったという話を聞くことがあります。同じ漢字圏なので、感覚的なものかもしれませんが、日本語の上達が早かったように思うというので。いまでは、スマートフォンの翻訳アプリがありますが、文書・標語などに漢字が用いられていれば、ある程度、意図を伝えることができたし、いざとなれば筆談ができたという指摘がありました。
しかし、フィリピンやベトナム、ネパール、インドネシアなど、非漢字圏の出身の方々との間では、文字によるコミュニケーションが難しいので、「やさしい日本語」がより大切になります。やさしい日本語で伝えないと、あるいはお互いが伝え合わないと、コミュニケーションがうまくとれないというのです。
とくに注目すべきは、技能実習生です。日本で働く172万人の外国人労働者の4人に1人が技能実習生となっています。
技能実習生の国籍別のシェアの推移を見ると、2013年末では、技能実習生の在留者数の69.1%を中国が占めていましたが、2019年末になると、ベトナムが53.2%を占めるようになっています。ベトナムに加え、インドネシア、フィリピン、タイ、そして、ミャンマー、カンボジアなどの東南アジア諸国から来日する技能実習生が増加しています。(図表7)
――中小企業は、個別に外国人技能実習生を受け入れているのですか?
技能実習生の受け入れには、2つの方法があります。日本企業が海外の子会社や関連会社の従業員を受け入れる「企業単独型」と日本の監理団体が海外の送出機関と契約して、技能実習生を受け入れる「団体監理型」です。監理団体は主務大臣の許可を得ることが必要となります。監理団体として認められるのは、商工会議所・商工会、事業協同組合等の中小企業団体、農協、漁協、公益法人などの営利を目的としない団体です。監理団体による実習監理の下であれば、海外に子会社等をもたない中小企業でも、技能実習生の受け入れができるという仕組みになっているのです。技能実習生の9割以上が団体監理型による受け入れとなっています。
製造業、建設業、農業など、海外に子会社等をもたない中小企業や農家が技能実習生を受け入れるのは、簡単なことではありません。そこで、商工会議所や商工会、事業協同組合、農協などの監理団体の実習監理のもとで、支援や指導を受けながら、当該団体の会員・組合員である中小企業等が受け入れるという仕組みになっているのです。
―――それでは、どのようにして、海外で技能実習生の候補者を募集、選考するのでしょうか。
日本政府は、送出国政府との間で、2国間取り決めを作成しています。現在までのところ14か国との間で、2国間取り組めが作成されています。その取り決めに基づき、送出国政府が送出機関を認定し、当該認定送出機関の情報が、日本に通知されるという仕組みになっています。
たとえば、ベトナムであれば、400機関を超える認定送出機関があります。認定送出機関は、契約した監理団体からの求人情報に基づき、技能実習生の候補者を募集することになります。日本の監理団体や実習実施者(受け入れ企業)が現地に出向いて、送出機関が募集し、選考した候補者に面接や筆記試験、実技試験などを実施し、最終的な候補者を選考するのです。監理団体・企業は、通常では3年間・最長だと5年間、技能実習生としてお預かりすることになりますので、ご両親・ご家族のところにも訪問し、ご挨拶をしたうえで、技能実習生に来日していただいていますという話もよく聞きます。
このようにして、選考試験に合格となると、晴れて来日することが決まるわけです。そして、来日前に最低1ヵ月、来日後にも1ヵ月程度の日本語等の講習を受講することになります。来日後の講習が終わると、企業に配属になり、生産現場における実習が始まります。
技能実習は、1年目が「技能実習1号」、2・3年目が「技能実習2号」、4・5年目が「技能実習3号」となります。「技能実習1号」、つまり1年間の実習が終わる前のタイミングで技能検定等の基礎級の実技試験・学科試験を受検します。その試験に合格しないと「技能実習2号」、つまり2年目に移行することが認められないのです。「技能実習2号」から「技能実習3号」、つまり、3年目から4年目に移行するためには、技能検定3級等の実技試験に合格する必要があります。
――実習生の方々は、国によって事情は違うと思いますが、年齢や出国前の資格、たとえば高校を卒業している、あるいは大学に行っているなど、そういったレベルというのがあるんでしょうか?
法令上、学歴の要件はありません。年齢が18歳以上であることが必要です。また、団体監理型の場合、日本で受けようとする技能実習の業務と同種の業務に従事した経験があること、または日本で技能実習を受ける特別な事情があることが要件となっています。たとえば製造業の場合、縫製なら縫製、機械加工なら機械加工の経験者が日本企業の生産現場で技能実習を通じてさらに技能を磨くということを前提として制度が設計されています。ただ、アジアと日本では、産業の事情が異なります。そのため、技能実習の必要性が具体的に説明できて、必要最低限の訓練ができていれば、特別な事情があるとして、受け入れが認められるというルールにもなっているのです。
受け入れ・送り出しの現場では、日本とアジアで異なる職場環境、生活や文化・習慣について、入国前に送出機関と監理団体が協力して、教育を行い、日本に来た時にスムーズに仕事に入れるように工夫と努力を重ねているのです。
――日本も月給制のサラリーマンシステムが確立したのは、戦後しばらく経ってからですからね。日本が求めても「そんなものはない」という状況もあるでしょう。実習生のなかには大卒の方もいますか?
はい。大卒の学歴を持った方も、技能実習生として来日しています。私が知っているベトナム人の方は、子どもの頃からメード・イン・ジャパンの商品やモノづくりに興味があったということで、ベトナムで大学を卒業してから技能実習生として来日し、栃木のメーカーで3年間の技能実習を行いました。ベトナムに帰国後、日系企業に勤めてキャリアを積み、現在は、塗装プラントを扱う別の日系企業のベトナム法人で責任者となって活躍しています。
学歴については、かつて調査研究を行ったことがあります。その結果によれば、とくに中国の場合、2000年代のはじめくらいまで、多くの技能実習生が従事していた縫製業で中卒の占める割合が高いという結果が得られました。中学校を卒業して、数年間、中国で縫製工を経験し、その後、日本に実習生として来日し、3年後に帰国するケースが多かったといえますが、最近では、中国から東南アジアに送出国がシフトし、技能実習の職種が多様化する中で、高卒の学歴の方が増え、なかには大卒の学歴を持つ方も、技能実習生として来日しているという状況にあるのだと思います。
地方では技能実習生が外国人の半分を占めるケースも
――来日した実習生の日本語の習熟度はどういった程度なのでしょうか?
来日前・来日後の講習期間中にひらがな・カタカナを用いた日本語教育が行われています。その結果、どの程度、日本語を習熟しているのかについてですが、語学力は個人差も大きく、一言で表現するのは難しいと思います。
試験といえば、技能検定等の筆記試験は漢字ではなくて、ひらがなで行われています。技能検定等の基礎級の合格率は95%程度です。逆にいうと5%程度は不合格ということです。一度だけ追試が認められており、その結果98%程度の合格率となります。それでも2%程度は不合格となるのです。年間10万人ほどの受検者がいますから、2%は実数にすると、結構な数字です。その中には、日本語能力が十分でないために不合格となった者もいるのではないかと思います。
――技能があっても、言葉が理解できなかったことで帰国する人は残念でしょうね。
そうですね。言葉はどうしても得意不得意が出ます。日本の学生の英語力も同様だと思いますが、できる学生はスイスイできるようになって上達していきます。技能実習生の中には、日本語能力試験のN2やN1の試験に合格する者が多数いると聞いています。監理団体・企業側もそれを推奨して、頑張った技能実習生には報奨金を用意してあげたり、地域の日本語教室に通うことや作文コンクールに応募することを支援するなど、様々な工夫をしているという話をうかがいます。「今年は、N2の合格者が何人だったよ」と自慢げに教えてくれる監理団体や企業の方にお会いすることがよくあります。良いことだな、と思いながら、苦労話をうかがうことが、楽しみであったりもするのです。
また、監理団体である商工会や農協などは、3ヵ月に一度、実習生の様子を確認するために面談に行くことになっているので、そういったところでもサポートしているようです。
――N1、N2はかなりレベルが高いですね。普通に会話が成り立つレベルです。
当然、語学力には差がありますが、技能実習生にインタビューすると、日本語で様々なことを説明してくれます。ある関西の企業で実習をしていた男性の技能実習生は、日本に来て、関西にあるプロ野球の球団のファンになったというのです。先生は、どこの球団のファンですか、と日本語で質問されたり・・・、静岡で会った女性の技能実習生は、週末にディズニーランドに行ってきました、とそのときの様子を嬉しそうに語ってくれました。マラソンやサッカー大会、地域のお祭りに浴衣を着て参加した、花火を見に行ったなど、様々な出来事を、実習生が嬉しそうに日本語で教えてくれます。監理団体や企業の方と、冗談をいいあったり、微笑ましい光景を見ることも少なくありません。
そういえば、最近聞いた話では、なんと、日本の大学院の修士課程に入学するという技能実習生もいるというのです。
技能実習生は約40万人です。日々、技能実習生と接している企業の皆様の声をうかがうと、性格、趣味など、様々ですよ、と言われるのをよく聞きます。日本語についても、得意不得意があるようです。ただ、日本語はコミュニケーションのツールですから、不得意だという技能実習生にケアをしてあげないといけないと思います。その観点からも、やさしい日本語はすごく大事だと思います。
――40万人という数字は、結構多い印象ですが、地域によってばらつきがあるのでしょうか?
厚生労働省の調べによると、日本の外国人労働者の約3割は東京都。1割弱が大阪府。1割が愛知県で就労しています。日本の外国人労働者の約半数がこの3大都市圏で働いているのですが、その状況とは対照的に実習生は、地方で就労しています。
たとえば、三重県だと、約3万人の外国人労働者のうち約1万人が技能実習生。つまり、外国人労働者の3人に1人は技能実習生となります。北海道では、約25,000人のうち、約13,000人、島根県では、約4,400人のうちの約2,000人と、地域で就労する外国人の多くが技能実習生となります。その割合は、半数、地域によってはそれ以上となります。(図表8)
――半数! 高齢化している地域では若者の大半となってきますね。
地域の若者の大半というまでの規模にはなっていないと思いますが、とくに若年労働力の不足に悩む地方の中小企業にとって技能実習生が重要な役割を担っていることは事実です。
日本の若者は長続きしない、採用しても退職してしまうという話もよく聞きます。しかし、技能実習生は、通常では3年間、最長で5年間、企業に在籍してくれる貴重な存在となります。企業は、様々なコストを支払って日本に技能実習生を招聘しています。帰国旅費は日本側で用意することが法令で義務付けられています。さらに、実習生の勤務先となる企業は、市街地のように公共交通機関が整備されていないことも少なくありません。毎日の送迎が必要であったり、なかには、実習生寮を建設しているところもあります。買い物やゴミ出しなどの生活指導も必要です。そこには日本人従業員の協力や地域住民の理解を得ることも不可欠となります。
外国人にしてみると3年間、雇用と生活支援が保障されている上に自らのキャリアアップにもつながるということになりますので、受け入れ企業と技能実習生、両者のニーズがマッチすることが一因となり、数が増えているといえるでしょう。
―――実習生にとっては学校みたいなイメージですね。生徒としては逆にいうと簡単に転校しちゃいけない。嫌になったから「やめた」といって安易に他の会社に移ってはいけないということでしょうか。そういった実習生の生活はどんな感じなのでしょう?失踪の話もニュースで話題になります。
実習生の受け入れ先は、地方の中でも郊外に位置する工場や農場であることが少なくありません。公共交通機関での移動には適さない場所では、寮生活をしているケースも多いように思います。だから、平日は寮と職場の往復になるので、実習生数は多いけれど、地域の住民には、意外と見えにくい存在になっているのも事実だと思います。
この1年はコロナで回れなかったのですが、私はできるだけそういった現場を見にいくようにしています。私が訪ねたところは、良好なところが多いです。ちょうど学生のゼミやクラブ活動のような雰囲気です。技能実習生には、法定の講習を受けた技能実習指導員や生活指導員がいます。日本語も結構通じますし、みなさん自分の国の料理で毎回の食事を自炊したりして、私が訪問すると「先生、一緒に食べませんか」などと誘ってくれたりします。ある会社の寮ではタイ人の技能実習生が、たこ焼きパーティーを開いてくれました。
ただ、なかには、生活環境や処遇が良くない、法令違反を行っているところもあって、失踪してしまう実習生が年に1万人弱くらいいます。
――結構な数ですね。
かなりの数ですが、毎年の失踪率をみると、だいたい2~3%くらいで推移しています。技能実習生数が増加する中、それに連動して失踪者数が増えていますので、その絶対数を減らさなければならないと思います。その努力を積み重ねながら、その一方で冷静に比率の推移を見ていくことも必要だと思っています。
――失踪の話は聞きます。知人の会社がインドネシア人と中国人、ベトナム人を雇い入れて、定着するのはインドネシアの方だと言っていました。インドネシアではエージェントに払うお金が大体30万円くらいなのに対して、ベトナムなどは90万円から100万円近く借金を背負ってくる人もいる。同じ給料だったら、返せるか、返せないかの線引きで、いいほうに行ってしまいます。その辺のところは日本側の努力だけでどうにかなるというものでもないとすごく感じますね。
国別で見ると、ベトナム人の失踪者が多いのも事実です。失踪の原因としてご指摘のあった来日前の高額な借金の問題があります。借金の背景には、送出機関等に、高額の手数料を支払わないと技能実習生として来日することができないという送出国側の問題があることも指摘されています。この点について、ベトナム政府の監察局が、今年(2021年)3月に報告書を公表しました。その中で、技能実習生が、3 年間で3,600ドルというベトナム政府が定めた規定を大幅に超えた7,000ドル~8,000ドルという高額の手数料を支払っており、労働・傷病兵・社会省に関して、関連業界の監督が行き届いていないと指摘したほか、責任者の特定と処分にも言及しました。また、今年(2021年)の6月には、日本の政府機関である外国人技能実習機構が、失踪者の多い送出機関からの新規受け入れを停止する方針であることをベトナム政府に文書で伝えたということです。
このような両国政府による取り組みも始まっています。アジアと日本の労働力移動は、これからますます拡大していくと思います。その中で、アジアの労働力移動のマネジメントをどうしていくのかという観点から、国際的な取り組みが充実していくことが重要だと考えています。
注意喚起は生活面にこそ力を入れる
――監理団体や企業側の問題もありそうです。実習生の問題は、大手企業でも起こったりしています。
確かに、厚生労働省が公表する労働基準監督機関による監督指導結果を見ると、実習生を受け入れる事業所に監督指導を実施した結果、7割くらいのところで、労働基準関係法令の違反が認められています。その割合はここ数年同程度で推移し、労働時間、安全基準、割増賃金の支払いについて違反が指摘されている点も例年どおりです。しかし、違反とはいっても、軽微な違反が多く含まれているようで、2019年は9,455件の調査件数に対して、書類送検された悪質な事案は34件となっています。
私は、技能実習生を受け入れる事業所に対する調査結果をみるだけでは、実態についての評価を見誤ってしまう恐れがあるのではないかと思っています。労働基準監督機関の指導結果をみると、技能実習生を受け入れる事業所以外でも、7割程度の違反が認められています。違反項目も労働時間と割増賃金の支払いである点も共通しています。つまり、サービス残業と長時間労働です。劣悪な労働条件の下にある技能実習生の労働環境が是正されなければならないことはいうまでもありませんが、サービス残業や長時間労働といった問題は、日本人、外国人を問わず改善が求められる日本の労働市場の課題であることも忘れてはならないと思っています。
また、問題の是正に向けては、政府による指導・取締の強化のみならず、監理団体を中心とした業界による自発的・内発的な取り組みも重要となります。一般財団法人外国人材共生支援全国協会(NAGOMi)は、関係省庁(外務省、法務省、厚生労働省)の後援を得て、「外国人技能実習制度 不正行為撲滅キャンペーン」を実施しています。私も専門アドバイザーを務めており、こうした取り組みを支援させていただいております。
――サービス残業は問題ですが、それ以上に注視しなければならないのは事故などの労働災害でしょう。とくに事故対策は医療と同じで日本語がわかるか否かが命取りになりかねませんから。
確かに労働災害の防止に向けた取組はもちろん重要です。ただ、死亡事案は、実習外の事故死のほうがずっと多いという点にも留意すべきです。
――そうなんですか?
たとえば、アジアの内陸部から来日した技能実習生は、海を見たことがないというのです。もちろん川はありますが、日本とは違い、川幅が何百・何千メートルもあるような大きな川だというのです。だから海や日本の急流の川で泳ぐというのは、とても危険なことなのです。実際、海水浴中に実習生が溺死するケースは少なくないのです。交通事故による死亡事案も発生していることが報告されています。健康管理でいえば、夏の暑さや冬の乾燥も体調を崩す原因となります。日本の常識で考えるのではなく、技能実習生がどのような地域で育ってきたのか、文化やルール、気候の違いも含め、気をつけなければいけないということだと思います。
――実習中に加え、実習以外のところでも、いかにコミュニケーションを取っていくかということが重要になってくる……。
そのとおりだと思います。実習に当たっては、道具や機械の使い方、仕事の内容や作業手順など、基礎的なところから順を追って教えることが求められると思います。企業の工場を見学すると、外国人の母国語で記載されていたり、写真・図で示された作業手順書、作業指示書を見ながら、実習生が作業を行っている姿をよくみます。技能実習生を受け入れたことがきっかけで、作業のマニュアル化がすすみ、工場の作業効率がアップしたという効果を指摘する担当者の声を聞いたこともあります。
海外の送出機関に行くと、教室の壁に安全標語がペタペタと貼ってあるのをみかけることもあります。「危ない」、「危険」、「安全第一」などの安全標語です。それから道具や機材の名称。それもイラスト付きで貼ってあるのもみかけることがあります。担当者に話を聞くと、日本の監理団体や企業からのリクエストで、安全用語、道具や機材の名称は、日本に入国する前から、教えているというのです。
日本人の当たり前は通用しないこと、言葉の壁があることを十分に認識した上で、やさしい日本語で伝える。言葉が十分に伝わらない時には、絵やイラストも用いる。契約事項やルール、細かいニュアンスを伝える必要があるものについては翻訳した文書で伝えるということも、とても大事なことであると思います。
とくに、やさしい日本語で伝えることに心がける、そういう取り組みを重ねていくことが大切だと感じています。
(後編に続く)
<後編では、外国人材と企業の現場や地域との間で実際に起きている問題や取り組みを伺い、
言語コミュニケーションのあり方も交えながら、サプライチェーン全体としてあるべきマネジメントの姿についてお話しを伺います。>
※後編はこちら↓
ライター:佐藤 さとる
1961年福島県生まれ。ライター兼編集者。出版プロダクションなどを経てフリー。ビジネス・ベンチャー系雑誌等で中小・先端企業を10年以上取材。月刊誌、週刊誌、教科書、辞書、単行本のほか会社案内、企業PR誌、WEB等の企画、取材、執筆、編集を手がける。ビジネスパーソンを中心に過去約4200人をインタビュー。近年は企業のコミュニケーション・コンサルティングも手掛ける。2007年〜2008年 福島県原町商工会議所地域観光振興委員。著書に『なぜわたしは町民を埼玉に避難させたのか—証言者 井戸川克隆』(共著)[駒草出版] 『広告業界がわかる』『エクストリーム・ウェア -究極の服をつくる技術- 』『技術を「魅せる化」するテクノロジーブランディング』[技術評論社]ほか。座右の銘は「地の塩」。
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